「米國直輸出生絲論 四」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「米國直輸出生絲論 四」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

直輸の命脈斷續如何

我生絲貿易百年の大計を按ずるに今日直輸出の〓本を樹て之を培養助長して繁茂を待つの外ある可らず盖し從來の賣買法に據り生絲を在横濱の外國商人等に手渡し我生絲商人も又生絲製造者も海外需要者に對しては毫も關係を有せざるに至らば彼の需要者の所望に應じて我生絲改良の端を開くこと能はず直輸出者が我製絲家と先方機屋との中間に立て雙方の密着を謀ること能はず在居留地の外國商が我儘勝手を働きて我絲荷主を窘しむることあるも傍より直輸の鬼面を示して之を恐嚇制止すること能はず又彼の外商が目前の利を見て生絲相塲の上景氣に際し精粗混同買を爲し一方には我製絲家をして生絲改良の念を絶たしめ一方には海外需要者の間に我生絲の評判を落さしむるの弊を救ふこと能はず絲荷輸出を滑にして内外相塲の平均を保つこと能はず其彼此類の弊害は枚擧するに暇あらず而して之を矯正するは唯直輸出の道を開きて之を廣むるの一事あるのみ生絲直輸出の大切なること誠に此の如くなれども從來この直輸出業に當りて十分の成功を得たるものなきは何ぞや其原因一にして足らざる可しと雖も我國にては資本少なく隨て金利も高くして生絲の如き高價品を取扱ふに毎度困難を極むること其主原因なりと云ふも可ならん或る人の説に最上等の生絲は純金三分一の價直ありて之を取扱ふに大金を要し一言以て之を蔽へば日本人の勝ち過ぎたる物産ならん云云と云へり固より一塲の戲言なれども從來日本人が之を取扱ふ丈けの資力を得ずして徃徃例の投賣を爲し或は海外に輸出して積年の取引に充分の信用を打ち立つるまでの辛抱なく明治九年以來米國へ向けて直輸業を試みたる者その幾何なるを知らざれども或は廢絶或は失敗、彼の同伸會社を除くの外、今日まで殘喘を延きたる者なきを以て見れば或る人の言も亦决して謂れなきに非ず斯くて各種の直輸業者が脆くも失敗したる其中に獨り其餘喘を保ちて米國直輸出の命脉を正に絶たんとするに繋きたるは一箇の同伸會社あるのみなれども本來同會社の資金は近頃まで十萬圓ばかりにして固より大取引を行ふ可きに非ず是に於てか政府より御用爲換金を借用し開業以來九箇年間に政府より借り入れて營業中に融通したる金額一千二百萬圓に達したりと云ふ然るに右の御用爲換も最早繼續す可き限りに非ずとて今般之を廢絶せんとするの塲合に差迫りたれば同社の困難一方ならず斯くては此先き直輸出の命脉を保つの見込もなければ政府は從前仕來りの通り御用爲換を繼續するか然らざれば一時に四十萬圓の貸下を許可し同伸會社は此金を以て米國政府の公債證書を買ひ之を紐育府中の銀行に預けて米國の法律に支配せらるる四十萬圓を後楯とし以て同社の根本を固め米國商人の信用を得て其手形裏書を依頼する等金の〓通を開くことと爲すか兩樣何れかの保障を得たし云云とて目下其筋に情願する所ありと云ふ今同伸會社の〓〓と其保護を政府に仰がんとするの理由とは〓〓〓〓〓の雑報欄内に在り其〓の人人は固より一〓を〓〓可き事柄なれども我輩は唯我生絲直輸出の命脉を〓〓して〓〓〓貿易の爲めに永遠の基本を定めんとする迄の〓〓なれば〓中何何會社など云へる者を見ず同伸一社の〓〓の如き我輩の喜憂する所に非ざれども今や米國の市塲には一方に歐洲絲の侵入するあり又一方には支那絲が漸次改良の歩を進めて其販路を開くあり此時に當り一千四百萬弗に上る我得意先きを空うして販路を他に讓ることを得べきや國家貿易の盛衰を喜憂する者は殆んど堪ふ可らざることならん左れば我生絲直輸出業は如何にもして之を繼續せざる可らざれとも之を繼續するの方法は如何、本來我輩の希望を申せば從來生絲商業に從事したる人が十年二十年の前途を思ふて眞實直輸業を打ち立てんとし相當の資本を寄せ集めて獨立に其業を起すの一事に在れども前條既に陳述せし如く金利の高き國柄より其低廉なる塲所に向て敢て商業を開かんとするものなれば目前營利的の考に於て大に奮發し兼ぬる所もあらんか然らば自然の成行に任じて直輸の命脉を絶つ可きか從來政府が保護金を以て又荷爲替を以て種種直輸出を奬勵したる其精神も骨折も一朝水泡に歸するのみならず目下我國の輸出生絲を假りに四千萬圓と積りて直輸奬勵の腰を折りたる等の爲め其直段に若くは其輸出額に凡そ五分の差を見ることもあらば爰に二百萬圓の國損を生じて其損失は一般の生絲商人に又全國の生絲製造者に掛り國家經濟上より見て異常の影響を及ぼすことならん即ち今我輩は米國向き生絲直輸出を繼續するに就き政府に對して何何會社を保護す可しと云ふことを好まざれども兎に角に政府は適當の方法を以て直輸の命脉を絶たざるやう應分の保護を致さざる可らずと敢て斷言するを憚らざるなり試に看よ政府は産業勸奬の爲め國庫金を支出して博覽會を開くに非ずや全國一般の製絲家の爲め又我生絲貿易の爲め直輸の業を勸奬するは事少しく異なりと雖ども其精神に至りては博覽會を開くと同一なりと云ふ可し人或は説を爲して政府若し生絲直輸出者を保護すれば陶器商も漆器商も共に政府の保護を望んで殆んど際限なかる可し云云と云ふ者あり其説固より極端なるにも拘はらず一應尤なるが如くなれども試に此種の論者に向ひ然らば生絲の直輸出を斷絶す可きや角を吝んで牛を失ふの拙を學ぶ可きやと云はば明に其處分法を示して之れに答ふること能はざる可し今や直輸の命脉は纔に一線を留めて在り、我輩は官民何れを問はず共に充分の力を盡して假令へ何樣の事情ありとも此一線を絶つには忍ばざらんこと國の爲めに千祷萬祈して已まざるものなり            (完)