「法律第三十四號」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「法律第三十四號」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

法律第三十四號

兩三月以來世論最も喧しかりし金融救治の問題も今日の本紙官報欄内に見ゆる如く政府が日本銀行條例中兌換券發行制限の區域七千萬圓を八千五百萬圓まで擴むることに改正して茲に一段落相附きたるものの如し、道路の説く所に據れば財政當局者の此改正を行ひ紙幣を増發するに至りしは所謂金融一時の救治策にあらず、近年日本社會農商工實業の進歩見る可きものあるに至り是非とも通貨の高を増さざる可らざる必要に迫り我財政現在未來の爲めに决行したるものなりと云ふ當局者の意見果して一時の救治策に出でず、現在未來長計の爲めにしたりと云ふか甚だ可なり二者其何れにあるにせよ吾輩は別に之に關心するものにあらず兎に角に目下金融の逼迫を緩和し商賣工業の不振を救はんとする爲めには自から一策なる可しと雖も其緩和の實效如何の點より論するときは増發の一擧は喩へば病を診斷して偏に方劑を處したるに過ぎず病人をして其藥劑を服用せしめずんば効を見る可らず實業家をして十分に増發の紙幣を利用するを得せしめざるときは紙幣の効力未だ俄に期す可らざるなり

日本銀行が日本鐵道以下十四會社の株券を擔保せる價格を按するに其割合の最も善きものも原價の八割に過ぎず、然るに諸公債證書をば總て九割五分に引受くるの定めにして其間實に一割五分餘の相違あるを見る可し諸會社株と諸公債證書との間に斯る段階を作りたるものは果して何等の理由に基くや、已に諸會社株の中に就て其擔保の價格に甲乙夫夫の相違あるは其會社信用の多少に因るものなりと云へば公債證書と諸會社株との間に一割五分餘の段階を作りたるは此れと彼れとを比較して危險の輕重正に一割五分なりとの意味なる可し即ち日本銀行の鑑定を以て諸會社株は公債證書よりも危險多しと保證するの姿にして商賣社會の人氣はますます公債に向て諸株に背く可きや復た疑を容れず斯の如きは則ち社會社は増額の澤に浴するに非ずして寧ろ自家の信用を■(にすい+「咸」)しられたるものと云ふ可し故に此際吾輩の日本銀行に望む所は公債證書を九割五分にて引受けなば諸會社株をも引上けて同格にするか、然らざれば公債證書の擔保位を引下けて諸株と同等の位に置き孰れにしても其間に信不信の相違なからしむるの一事なり人或は云く公債證書は諸株の如く市價變動の危險なきが故に自ら別格に位す可しなど説を作す者あれども畢竟無根の妄想たるに過ぎず試に今日本銀行をして公債證書に九割五分の貸附法を廢して八割と定め尚ほ其上に貸金の利子を世間普通の割合にするか或は少しく之より高くせしむることあらんに其市價は忽ち下落して今の價に幾割を■(にすい+「咸」)す可し、其■(にすい+「咸」)したる市價を標凖にして又その八掛けに貸附けたらば又隨て下落することある可し世人の想像に違はざる所なれども今日尚ほ其十分の價を維持するは唯日本銀行特別の庇蔭に〓〓のみ左れば公債證書に市價の變なしとは經濟の自然に非ずして偏に日本銀行の然らしむる所なれば其物こそ異なれ今日の處にて其性質の安危を卜すれば諸株式に比して大なる相違ある可らず既に相違なしとすれば〓〓〓の〓をも凡そ同等の處に在らしめて一方に偏することなく以て諸株式の信用を維持するこそ至當の〓〓なれ斯の如くして一千五百萬圓の兌換券増發も始めて金融緩和の實効を奏す可きなり