「貧民への対策について」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「貧民への対策について」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

貧民への対策について

左の一編は秋田縣能代に在る社友某氏が本社員へ贈りたる書翰の寫しなり書中の所記時事

に適するもの少なからざれば掲げて今日の社説に代ふ

(前略)當地方は田舎の常とて別に申上候程の事も無之先達て中米價暴騰の砌は細民共頗

る難儀の境に陥り處々に放火盗難等の沙汰多く物情騒然たる有樣に御座候處近頃米も少し

く下向に相成り且土用以來打續き氣候順當にして本年の作柄も十が七八迄は充分との見込

相立候爲め人氣も餘程穩に相成候樣相覺え申候北陸諸國にては米價騰貴の爲め處々に一揆

騒動抔御座候得共當地は幸に材木の伐出し多く隨て和船の出入年一年より增加致し之が爲

め其日暮しの細民も夫々相應の仕事ありて働きさへ致せば暮しの立たぬ者は無之夫れ故歟

本年の如き年柄にも別に救助を受くる者も無之他方に比すれば餘程仕合せの姿に御座候併

し一二例外の地方を別にして全國一體の上より申せば貧民の數は年々に多く相成り(人口

繁殖の割合は殊に貧民に多し)彼等の仕事は却て年々に減少(文明の進歩は總て人工を省

の一方に傾く)致候故此儘にて押行候はば遂には衣食の道を得ざる無數の窮民を生じて其

始末に困却する樣相成可申歟と奉存候既に先頃伏木新潟邊にて貧民一揆を起して米商を脅

し米の輸出を妨げ抔致候節其筋之役人は治安維持之爲めと稱し米商其他に説諭して一時輸

出を差止めたる由即ち實際に於て貧民の申條を通用せしめたる姿にて此類の事度々有之候

節は暗にソーシヤリズムの發達を助け今後一國之經濟上に容易ならざる〓〓を與へ可申事

と奉存候貧民救助と稱して金錢米穀等を施與するは害ありて益なきこと申すまでも無之候

へ其貧民に仕事を授けて自活之道を立てしめん爲め此〓〓に工事を起すべし抔申す説も

詰り姑息の策にて直接に金錢を與ふると五十歩百歩の相違あるのみと奉存勿論各地とも起

す可き工事あらば人民皷腹撃壤之時に起さんよりも今日之如き困弊之塲合に起さんこと雙

方之爲め(人民に仕事なき時なれば賃錢も安く使はるゝ故起業者にも便なり)にして是に

は誰も異論有之間敷候へ共日本國内の工事には限りあり工事に使ふべき金にも限りあり到

底十年も百年も無數之貧民即ち年々增加する無數之貧民を救濟するに足らざるは明白の事

に付目前之小安を偸まず眞實日本之爲めに百年之長計を畫し永遠治安之策を講するには他

に方法なくては叶はぬ事と奉存候此方法に付而して或は外國移住と云ひ或は北海道殖民と

云ひ又或は内國に在りても農業之改良とか營業之奬勵とか種々其方法も可有之小生等之淺

薄を以てこれぞ正しく治安之大策なりと發言致候事は出來不申候へども兎に角此の貧民處

分の一事は實に今後之一大問題にして各自充分に研究を要する事と存候間乍序小生之所感

一通り申上候何卒此事に付御高見之概略新聞紙上になり御表白被成下候はゞ小生等同感者

に於ても渡世之方針を得て大に世益と相成可申奉存候先は暑中御伺旁地方之近况御報道申

上度早々如此に御座候頓首

  八月六日