「鐵道攻略一新を期す可し」
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時事新報に掲載された「鐵道攻略一新を期す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道攻略一新を期す可し
政府は今度鐵道局を更に鐵道廠と改稱して其管制を裁定し之を内務大臣の管轄に屬せしめたり今西洋商業國の事例より申せば鐵道は商業的運輸の一機關にして通常之を商務省に所屬する筈なれども我日本政府に於て今改めて之を内務省に隸したるは鐵道を以て尋常商業的の機關と見倣さゞるの意味にてもあらんか我輩聊か不審なき能はざれども兔に角に鐵道の事務さへ擧がれば其所屬名分論の如き今日之を度外視して可ならん而して其新定官制なるものを見るに職務權限等を始め之を從前に比較して左まで變更なきが如くなれども尋常局と唱ふ可き所を更に廠と改稱して鐵道事務に重きを置きたるは蔽ふ可らざるの事實にして當局官吏の了簡次第、恰も之を機會として我鐵道攻略上に一新案を示すこと亦難きに非ざる可し抑も我鐵道政略上燃眉の急務とも稱す可きは先づ彼の幹線を延長し日本の北端より南端迄一線を貫通して本幹と爲し此本幹を中心として枝葉節々相生じ以て鐵道組織を完成するの一事にして貨物運輸の便利より云ふも軍國交通の時宜より云ふも支線は暫く第二に置て一刻も早く幹線の工事を終らざる可らざるは今更我輩の多言を俟たず而して其幹線と稱す可き者の中、東海道鐵道は既に成就し日本鐵道會社の線路は沿道一望沃野にして工事に着手し易きのみならず政府より年八朱の保證もあれば支線と共に延長して其達する所に達するも蓋し遠きに非ざる可し然るに爰に前述を望んで事業の困難を感ずるものは山陽鐵道線路是れなり勿論その困難なるは當路者の夙に熟知する所にして先般同線路一英里を竣工する毎に補助金二千圓ツヽを下附するの運びに至りたるが如きも亦之れが爲めならんと雖も株券低落商工萎縮の勢いある今日、前途の工事困難なる此鐵道事業に對して豫約の資金を募集するは固より容易の事に非ず特に土地收用法の變更以來鐵道會社は手を下して自から其線路用地を買受けざる可らざるが故に其買受談判等の爲め徒に時日を遷延するの事情なきにあらず是れ亦た一種偶然の〓〓なりと云ふ可し聞く山陽鐵道會社にては遠からず其線路を尾ノ道まで延長するの見込ある由なれ共是れより以西の工事に就ては今日の事態にて一歩も進む可き見込みなしと云ふ私立營業會社の事なれば其創立の時に當り工事落成の期限に付き假令へ政府と約束したることあるも實際勘定の許さゞる所は之を如何ともす可らず鐵道會社は政府に對して向ふ何年間に何處までの工事を終る可しと約したるには相違なきも其鐵道たる政府の注文品には非ずして會社自身の所有物なりとすれば官舍の普請受負人などが何年何月までに其普請を終る可しと約したるものとは事情固より同じからず工事の延滯已むを得ざるに出で實地如何ともする能はざるの場合もあらば政府も鐵道會社に對して亦之を如何ともする能はざる可し斯て山陽鐵道の工事が西、尾ノ道迄に止まりて是れより以西に進歩するの困難を感じ鐵道政略上に於て暫時も猶豫す可らざる幹線の敷設を年一年と延滯せば一朝邊海急あるに當り何を以て軍國交通の策を施す可きや誠に不安心の至りと云ふ可し試に今日の形勢を看よ彼の清佛戰爭以來その外面上に於ては東洋風波なきが如くなれども露國が朝鮮邊に良軍港を得て行く行く其圖南の翼を張らんとするの志あるは蓋し一朝夕の故に非ず彼の西此利亞鐵道の成功の如き或は此志を成すの機會たるやも測り知る可らず支那は我國を敵とするや或は之を友とするや琉球事件は既に之を忘れたるや或は今尚記臆するや我輩の知らざる所なれども兔に角に耽々の眼を以て我國の動靜を注視するは疑ふ可らざるの事實ならん西洋諸國は近年來所謂睨合の姿にして其鋒鋩を露はさゞれども歐土の妖雲漸く東せんと欲するは亦是れ自然の勢にして露、英、佛、獨、何れにても先づ手を東洋に伸ばすものあれば幾多の猿臂之れに繼ぎて紛々拏攫を恣にす可きは歐洲國際の情に於て免る可らざるものならん特に彼の朝鮮の如き地理より云ふも國情より云ふも東洋禍根の盤屈する處にして東西の強國先づ事端を開くものは多分この國に於てす可く而して其國境たる近く我九州に接迫し一旦緩急、我國國防上の警戒は最も西陲に密ならざるを得ず然るに古今禍〓の萌すは人智の究む可らざる所にして假令へ目前の小康を得るも急變萬一の場合を思ふて夫れ夫れ其準備を爲さゞる可らざるが故に神戸以西馬關に至る山陽道一帶を貫きて鐵道の幹線を敷設するは獨り商業的運輸の爲めのみならず軍國交通の爲めに謀りて一日片時も猶豫す可らざるものならん左れば我政府に於ては假令へ何樣の事情あるも力のあらん限りを盡くして其速成を期す可き筈にして今日の實際、彼の山陽鐵道會社が政府に豫示したる期限内に工事を終ること能はざるの事情もあらば政府は相當の手段を以て充分その成功を助けざる可らず扨て之を助けんとして其方法は如何す可きや我輩請ふ之を次號に陳せん
（未完）