「重ねて濾水の事に就ての注意」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「重ねて濾水の事に就ての注意」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

重ねて濾水の事に就ての注意

我輩は玉川上水濾水の一日も忽にす可らざる事に就き曾て其注意を紙上に述べたる事ありしが今日に至り益々事の急を感ずるに依り重ねて左に陳述す可し聞く所に據れば東京府下水道改良の設計は既に成り其費用の出處も定まり遠からずして工事に着手する由この改良工事落成の上は濾水池枕澄池其他一切の設置全く備り府下百萬の生民は茲に純清なる飲用水の供給を得て滿足する事ならんなれども設計に據れば工事の落成は凡そ五箇年を費す可しと云ふ工事の完全を要すれば五年十年は敢て長しと爲るに足らざれども顧みて目下の急を察すれば濾水の事の一日も忽にす可らざるものあるを如何せん世人の知る如く玉川の水は其性善良なりと雖も少しく雨降れば忽ち濁流と爲りて飲料に用ふ可らざるは勿論清白なる衣類の洗濯にさへ適せざる事多し况して過般來の如き暴風強雨に逢へば其汚濁殊に甚しく數十日を經過するも猶ほ且つ清を告る能はざるは我々の現〓經驗する所にして昨今コレラ病流行の盛なる折柄、衛生上第一の要素なる日々の飲用水に此缺点あるは誠に遺憾至極にして百萬の生民が斯る不清潔不健康なる水に其生命を托するかと思へば轉た寒心に堪へず即ち水道改良の計畫ある所以なれども前にも述ぶる如く工事の落成は着手以後五箇年を期するとの事なれば勿論目下の急に應ず可らず然るに一般の世人も漸く衛生の理を解し公私ともに銘々其事に注意するの今日、日々汚濁の水に生活し手を空うして數年後の清を期するは之を普通の人情に訴へて忍ぶ可きにあらざれば當局者は一日も猶豫することなく兼て我輩の注意したる如く先づ取敢へず水道の上流に濾水器を設置するこそ救急の一法なる可し其方法は他なし今度定まりたる改良の設計に從ひ他の部分に先ち濾水塲を構造するまでにして特に之を造るに非ず始めより注意して改良後の水道に應用する事なれば敢て臨時の費用を失ふ譯けにもあらずして工事は暫時にして成る可きが故に唯この事さへなれば不完全ながらも府下の生民は濁水の不愉快を免かれて聊か安心の塲合に至る可し我輩は言の重複を厭はず敢て此救急の一策を水道改良の當局者に勸告するものなり