「司法大臣の進退」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「司法大臣の進退」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

司法大臣の進退

山田司法大臣が辭表を差出したりとは兩三日來世上に傳うる所の風説なりしが其風説果して〓ならず昨日の官報に

 司法大臣伯〓山田顕義は病〓に依り辭表を奉呈せしに天皇陛下は其辭職を御差止め在せられ〓々療養を加え出仕致すべく且療養中は〓密院議長伯〓大木〓任へ臨時〓任仰付らるゝ旨御沙汰あらせられ云々

と〓せり是に由て觀れば山田伯の辭職は全く病の爲に外ならずして〓氣全快の曉には再び〓て事を〓るやと云うに我輩の所見にては辭表奉呈の表面は病の爲と云うと雖も其原因は必ずしも然らずして昨今の事態より推測すれば先ず以て商法延期の一事に〓因するものと云わざるを得ず抑も法典編纂の事は彼の絛約改正談と相形〓して數年來政府部内に重きを成し殊に山田伯の如きは最も此事に熱心して世論の粉〓にも拘わらず〓々新法を發布し裁判所構成法の如きは〓に之を施行して着々〓歩の最中に當り商法延期の説端なく議會の多數を制し政府に於ても亦これを容るゝ模〓ありと云う果して然るときは〓に施行したる裁判所構成法も此所暫く無用に属する姿にして數年來熱心の結果も殆んど消滅するものなれば當局者の一身上より考れば誠に面白からぬ始末にて辭〓の沙汰も〓して無理とは云う可からず故に伯の辭〓の原因にして商法延期の事に關係するものとすれば我輩は毫も之を怪しまざるのみならず却て其至當なるを信ずるものにして此事〓より推測すれば如何に〓〓の思命あるも伯の再び〓て事を〓るは先ず以て覺束なりと云わざる得ず

然りと雖も此事たるや伯の一身上を離れて政府全體の上より考るときは其關係の大なるを見る可し抑も政府と議會と相對すれば今回の事は云わざるを得ず而して當局の大臣が之が爲めに辭職とありては益々勝負の色を明にするものにて政府の不利は勿論なれども勝負云々の事は別にして此際に考える可き要〓は今後斯る塲合に當りて政府が議會に對する覺悟の如何に在り政府の意見、議會多數の反對する所となりて當局の大臣が爲めに辭職と云う塲合は之を西洋立憲國の例にすれば即ち内閣の總辭職と云う可き處なれども我政治上の事態は固より彼と同じからざるのみならず今回の事の如きは彼國の例にしても左程に重大なる事件とも云う可からざれば伯の辭職は尋常一樣の辭職にして議會には毫も關係なき者として政府の都合を以て之を許さんか其外面の如何に拘らず世間公衆の見る所に於ては其辭職は如何なる事〓よりするも商法に關係するものとして疑わざる可きが故に今後政府と議會と交渉の事件出來する其度ごとに必ず前例を思出して云々するに至る可し即ち我内閣員は施政上に關し聯帶責任には非ずして單獨責任の實あるを會心するものなり聯帶と單獨と孰れが是か非か其議論は第二の事として兎に角に當路の大臣が國會に對して意見の行われざるを以て地位を去るとあれば假令え聯帶ならざるも自から責任内閣の先〓を爲すものなれば我輩は我立憲政體發育の爲めに伯の辭職を賛成するものなり左れば此一擧に就て政府の處置は取も直さず政府が議會に對する慣例を作るものにして其事は小なりと雖も關係の容易ならざる事柄なれば最早や區々たる〓實手段は思い止まり斷然の處置に出づること肝要なる可し或は説を爲して一度び辭表を差出したる上は其〓心は容易に動す可きにあらざれども今日直に之を許しては議會に對して政府の體面上、妙ならざる處もあれば之を慰〓して暫く其儘に差置き多少時日を猶豫したる上にて不意に更迭の事を行わず外面の體裁圓滑なる可しと云う者あれども〓に去ると〓心したるものを強て引留め暫時を猶豫したりとて事實に大なる利益もなかる可し我輩は伯の一身の爲めに又政府の爲めに斷然の處置を促すものなり