「少年の暴行」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「少年の暴行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

少年の暴行

近年壯士と稱する一種の少年輩が都下に出沒し徃徃亂暴の擧動して或は政談演説の會塲に亂入して之を妨げ或は政治の集會所を襲ふて人を傷くるなど其物騷一方ならず頃日議會の開塲に際し又その亂暴を逞ふして議員を傷け又は之を脅迫し遂には議塲の議事をも妨げんとするの目論見あるよしにて昨今議會の近傍は警察の警戒怠らず殊に議會の散じて議員退塲の際などは警護最も嚴重なりと云ふ左れば目下の有樣にては警察の保護なきときは議會も無事を保證す可らざる程の次第なれども若しも東京府下に今日の如き有力なる警察の仕組あらざるに於ては議會は止むを得ずして或は兵力の保護の下に議事を開くが如き奇觀あるやも知る可らず天下太平の日に當り議會の議を開くに兵力の保護を要するとは前古未曾有の珍事にして不體裁の最も甚しきものと云はざるを得ず而して事の茲に至りたるものは即ち少年輩の暴行に外ならざれば其所行は誠に惡む可きが如しと雖も我輩の推測に據れば其原因は黨派軋轢の結果に歸せざる可らずして今の議會の議員中にも其責を免れざるものあるが如し抑も彼の壯士と稱する輩は何れも血氣の少年にして事を好むの情に急る者共なれば左なきだに動もすれば亂暴の擧動あるを免れざるものなるに政治社會の近况を見るに黨派軋轢の状は既に其極に達して人身攻撃の勢と爲り其餘勢は議會の議塲にさへ現はれて頗る穩かならざるものなきに非ざれば末流なる少年血氣の壯士輩が其勢に狂するは無理もなき次第にして事の原因を尋ぬれば之を今の政治社會の有樣に歸せざるを得ず或は少年輩の近日の擧動は内内これを使嗾する者ありとて只管その使嗾者を咎むるものなきに非ざれども内實の事情を叩くときは必ずしも怪むに足らざる可し今の軋轢の現状を見るに雙方共に非常に〓迫して言語擧動ともに極端に走り口角沫を〓し手頭拳を爲し今や將に相搏んとして僅に抑ゆるの有樣なる其瞬間に當り一方の者の先づ手を下したる其手出しの罪は固より免る可らずと雖も其手出しを爲すまでに至らしめたるの罪は雙方ともに負擔せざる可らず此塲合には自から手を下して之を搏つも亦人をして之を搏たしむるも其距離は五十歩百歩の間なりと云はざるを得ず左れば今の塲合に當り自から喧嘩口論の仲間に入りながら他の少年輩を使ひたる者を咎めて唯其下手の前後を云云するが如きは一塲の水掛論に過ぎずして我輩の取らざる所なり思ふに立憲代議の政治は人民の言論に政府の干渉なく其自由の實際に行はるる國にして始めて効を見ることを得べし今や我國に於ては政府の法律には却て言論の自由を牽束するの處置なしと雖も之に反して民間の實際には言論の外に一種の力を逞ふし却て自から其自由を束縛せんとするものありて國會の議塲の如きも他の腕力の保護を假りて僅に議事を開くの體裁なりと云ふ外國の人人をして之を聞かしめなば果して如何なる感覺を爲す可きや實に赤面の至りなりと云はざるを得ず而して此不體裁を致したる其原因を尋ぬれば今の政黨の人人は勿論、議會の議員中の人人も其責を免る可らざるが如し

然りと雖も彼の少年輩の暴行に至りては其擧動の事實に現はれて害の甚しきものなれば速に之を鎭壓せざる可らず左ればにや政府は既に保安條例を執行して嚴重の處分を爲したり誠に至當の處置にして若しも今後斯る擧動もあらんには保安條例なり又行政處分なり直に嚴速の處置あらんこと我輩の希望する所なれども去るにても彼の保安條例は昨年の末に議會の人人が其不要を喋喋して廢止の議决を爲したる其日を距る未だ一個月ならざるに忽ち今日の事あり其人人も自から省みて爽然自失の感ある可し此一事よりしても我輩は益益議會の自省自重を祈るものなり