「郵船會社に關する議會の質問」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「郵船會社に關する議會の質問」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵船會社に關する議會の質問

今度衆議院の議員中より政府に提出したる郵船會社保護金云々の質問は兼て時事新報紙上

に論じたる如く同會社に保護金を與ふるに至りたる其不審の始末を政府に質問するものに

して我輩に於ても感を同ふする所なり但し其書中に會社は無遠慮にも命令書第二十八條の

改正を請願して政府の直に之を許容し云々とあれども之れは我輩が屡ば述べたる通り今の

郵船會社の罪に非ず政府の從前の行掛りよりして自然に會社をして請願せしめ又その請願

を許さゞる可らざるの事情を造りたるが爲めにして本來會社は營業を專一の目的と爲すも

のなれば賣物に買物の喩に漏れず自家の安全利益の爲めに叶ふ丈けの低價を命ずるは賣買

の常にして毫も怪しむに足らず又た咎む可きに非ず然るに賣方なる政府が直に其低き評價

に應じたるは何か其間に事情なきを得ずして其事情こそ不審の在る所なれ即ち質問書に云

ふ無遠慮云々の罪は會社にあらずして政府に在ることなれども其は兎も角もとして質問全

體の趣意は一々尤の不審にして我輩も共に詳細の説明を聞んとする者なるが扨政府は之に

對して如何なる説明を爲さんかと云ふに政府に其責任あるは明なれども今更これに答ふる

の辭あらざる可きが故に既徃の事は答辨の限りに非ずとて説明を遁るゝの外に手段なかる

可し若しも然らずして既徃の事に溯らんとせば從來政府の所行中我々の不審を抱くものは

一にして足らず一々詳細の説明を求めたれば恐くは答辨の辭に窮するもの少なからざる可

し先づ其近きものより云へば明治十四年以來横濱の正金銀行は當局者の管理その宜しきを

得ずして大失敗に及びたりとて頻りに世間に吹聽したるものが十五年に至り重役の更迭後

は恩讐地を易え遽かに大藏省の特恩を蒙り遽に行運の繁昌を致して利益の非常なりし次第、

三菱會社が臺灣征討後、急に船舶を增加し且つ政府の保護金を得たる事情、小坂の銀山を

民間の一商人に賣渡したる始末、士族授産金と稱したる八十萬圓の金の行衛は如何、又製

藍事業の爲とて大坂の豪商五代友厚氏の發起にて設立したる朝陽館に貸渡したる其金の始

末は如何、尚ほ遠きを追へば起業公債六千萬圓の始末の如き其他一昨年中國會開設の準備

の爲め財政を整理すると稱し政府從來の貸金は國庫の貸方に入る可きものを年賦割引とし

て殆んど皆無に附したる理由等を一々枚擧して質問したらば政府財政の當局者は之に答ふ

るの辭ある可らざるが故に甚だ厚顔の言譯なれども既徃の事は知る所に非ず唯その時の行

政に要用と認めたりとの一言にて無理に打拂ふの外なかる可し斯くて政府は議會の質問に

對し唯遁るゝの一方にして問へども答へざるときは議會千百の質問も無益にして骨折損に

歸するが如くなれども我輩の所見は然らず近來議會に會社の保護金を廢し又これを減ずる

の議决行はれて漫に社會の商安を妨害するは我輩の大ひに反對する所にして其理由は屡々

陳述したれども畢竟議會に斯る議論の流行する其精神を察すれば議會の目的は強ち今の商

安を妨げんとする者に非ず實は會社に對する政府の處置を非として之を咎るの路を違へた

るのみ即ち議會が從來の事情を詳にせず單に現在の有樣を瞥見し怒を他に移したるものに

して聊か兒戯に類するに譏なきにあらざりしかども今や郵船會社に關する質問の如き頗る

事情を穿ちたる説の出つるを見れば或は前議の輕卒なりしを悟り更に其原因に溯りて之を

質さんとするの精神には非ざるか果して然らば我輩の大に喜ぶ所にして政府が之に對して

答ふる所あれば最も妙なれども答へざるも又更に妙なり如何となれば政府の之に答へざる

は答ふること能はざるの事情あるを明にするものにて議會の人々も政府無言の答辯に據り

て其事情の原因を合點し會社保護の事に就ても單に今の會社株主を苦しむるの失計なるこ

とを自覺し更に其論鋒を一轉す可ければなり左れば今後右等の如き質問書おひおひ續出す

るに至らば政府は之に對して説明せずと雖も其次第始末は自から明白と爲りて議塲の論勢

の爲めにも又社會一般の爲めに益する所少からざる可しと我輩の竊に信ずる所なり