「歐洲諸國に於ける賃銀と關税」

2014-07-01

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時事新報に掲載された「歐洲諸國に於ける賃銀と關税」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

歐洲諸國に於ける賃銀と關税

 左の一編は米人メリヴヰザー氏の歐洲周遊記中より抄譯したるものなり立論の趣向は專

ら自由貿易保護貿易の利害論にして我輩の感服せざる所少なからずと雖も論中の事實及び

統計表に至りては其調査精密にして大に見る可きものなきに非ざれば茲(玄+玄)に記載

して讀者の參考に供するものなり

     〔原文ここにタイトル〕

余が歐洲の旅を終りて英國より歸途に就きたるは冬の半なり倫敦出立前、十六弗にて厚織

の外套を調達したるが若しも米國にて誂へたらば確に四十弗は要す可しと思はれたりニユ

ーヨーク到着の上余は取敢へず乘合馬車に乘込たるに薄き外套着たる一人の御者つくつく

余の外套を眺め居たりしが突然余に問掛たり

  卒爾ながら貴客の外套は何程にて召されました 十六弗

御者は最とも驚きたる體にて眼を丸くし

  十六弗……‥ドウシテ私の此品でさへ十八弗貴客は何處でお買ひなされました

  倫敦で

之を聞きたる御者は失望の容子にて話を止め再び馬を鞭てり

保護貿易論者は頻りに英國の製品の我米國内に氾濫するを恐るれども余の所見を以てすれ

ば彼の憐む可き御者の如きは一枚の外套だにも氾濫の餘澤を蒙ること能はざる者なり盖し

彼等は二弗の賃錢を得んとして一日十三時間乃至十四時間勞働することなれども若しも衣

服薪炭其他日用の必要品が今の價の五割を減ずるに至れば其生活の費用は大に減じ隨て勞

働の時間をも減じて始めて家族と共に樂むの餘裕もあることならんに然るに保護論者は自

由貿易は賃銀を低下し海關税は賃銀を騰貴するものなりとの理由を以て物價輕減税に反對

せり

余の實驗に據りて歐洲諸國の例に徴するに其國民の貧困なる所以は自由貿易に關係なきこ

と明白にして保護の最も寛なる國は賃銀最も高きの實あるのみならず其貧困の原因は國の

富貴の大半を擧て少數人の手に歸せしめたるが爲めなりと云はざるを得ず彼の國王貴族の

輩が虎の如き大手を擴げて國財を抓むに當りては國中多數の小民は貧困せざらんと欲する

も得べからず露國皇帝の歳入は九百十二萬五千弗にして即ち一日に入る所は二萬五千弗な

り獨逸皇帝は一日同じく六千弗、墺地利皇帝は同じく一萬弗而して土耳其帝の如きも一日

一萬八千弗の収入ありと云ふ歐洲諸國の人民は斯る冗費を負擔する其上に常備兵の重荷あ

り官吏社會の浪費あり其貧窮困苦の原因過半は此邊に在りと云ふも誣言に非ざる可し

左れば歐洲貧困の原因を以て彼の國々に絶無僅有とも云ふ可き自由貿易に歸するの誤謬た

るは固より明白にして我米國と雖も若し萬一にも立君貴族の政體行はれて一年六千五百萬

圓(歐洲諸國王室費の總額)を値する王族を戴くの時日到來することもあらば勞働社會の

有樣は歐洲諸國と一般の觀を爲すに至るや明白なりと云はざるを得ず

英國には王室、貴族、無數の兵隊無用の役人ありと雖も歐洲立君政治の諸國中にて勞働社

會の賃銀を以て能く其生活を支ふるに足るものは唯一の英國のみにして又その諸國中自由

貿易を行ふものも亦唯一の英國あるのみ然るに我米國は土地廣大なれども人口却て稀に政

體は共和政治にして政費割合に少なく地利人和の十分なるにも拘はらず區々たる一嶋國の

後に落ちて一歩を讓るの觀あるは遺憾の至りなりと云はざるを得ず余は歐洲周遊の途次各

國の港灣に到る毎に他國の船舶帆檣林立の間に時として偶ま米船を認むるときは竊に一種

の感に堪へざりき

伊太利は保護國なり同國にては熟練ある機械師にても一日半弗を得るに過ぎざれども英國

の機械師は一日一弗二十一仙より一弗五十仙を利せり

獨逸も同じく保護國にして左官は一日六十仙、機織工及び紡績工は一日十二時間より十三

時間の勞働にて同じく六十仙の賃錢なれども英國の紡績工は一日九時間より十時間の仕事

にて一弗十五仙の報酬を得べし

又露國勞役者の賃銀を英國に比すれば平均三分の一少なきを見る可し(以下次號)