「政治上のトラスト システムは如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政治上のトラスト システムは如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

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政治上のトラスト システムは如何

西洋諸國の商賣社會に競爭甚だしく果ては互に共倒れの不幸を免れざるよりして或はシンヂケートと稱し非常の資本を以て一手に物を買占め世界市場の値を左右して大に利するの計畫などもなきに非ざれども未だ奏功の著しきものありしを聞かず佛國商人の銅買占めの如きは其適例にして又去年來實施中なる米國政府の銀貨案の如きも自から一種のシンヂケートとも稱す可きものなれども其成功の如何な經濟社會の一疑問にして容易に決す可らず左れば今の競爭の世界に於て獨占專占の利運は容易に望む可き所に非ざれども左りとて其成行に一任し去るときは競爭の極、遂に共倒れの慘状を呈するの恐れなきに非ず是に於てか近來更に一種の仕組を工風したるものあり即ちトラストシステムとて同業なる各種の商社組合間に約束を結び共に利害を負擔するの仕組なり今後の成行は豫め期す可らずと雖も目下の處にては其結果見る可きものありと云ふ右は商賣上の談にして之を政治論に論ずるは言少しく奇なるに似たれども我輩は讀者の了解を便にするが爲め假に其事例を引き此仕組の精神を移して我政治社會に適用せんことを望む者なり抑も政治社會に獨占の功名は何人も望む所にして甚だ愉快なりと雖もクラットストーンの才略ビスマルクの力量あるに非ざれば其實を見ること難し然るに今の社會にグ爺ビ侯ありやと問へば遺憾ながら無しと答へざるを得ず左れば日本の政治社會に獨占の功名は到底望む可らずして其然る所以は自から從來の經歴に徴して明白なる可し今の老政治家と稱する人々がこれまで經過したる其行路を見るに政治家として天晴の技倆もなきに非ず時としては全權を握りて百事意の如くなるの觀ありと雖も終に獨占の功名を成遂げたるものとては維新以來未だ曾て一人あるを見ず今後も亦その人なきことならん之を要するに我政治社會にシンヂケート占賣法の行はるゝは先づ以て覺束なきが如くなれども左りとて今の成行に一任して顧みざるときは唯人々の競爭軋轢を促して事に益なきのみならず或は遂に共倒れの不幸を見ることなしとも云ふ可らず元來在朝在野の政治家が兔角一致協同の風に乏しく互に競爭して相下らざるものは畢竟銘々の所見を異にして然ることならんと雖も前述の如く今日の社會に一人の力を以てシンヂケートを能くす可きに非ざるは勿論、殊に其人々とても最早次第に老境に迫りて政治上の生活は今後その久しきを期す可らざることなれば自から顧みて其議を改むる所なかる可らず國事多端古來未曾有の大變革に際し國中の政治家たるものは誰れ彼れの別なく擧て國家の爲めに盡す可き筈なるに唯その所見を異にするが爲めに互に力を本にすること能はずして此大變革の時機に孤負するとありては國老たるものゝ面目に於ても缺ぐる所なしと云ふ可らず我輩の取らざる所なり故に今日の策は彼のトラスト システムを政治社會に適用し政治家たる者は互に利害を分擔し互に榮辱を輿にして共に國家の爲にするの外なかる可し我輩が前號に於て老政治家の一致協同を勸告したるも此意味にして目下の弊習を匡濟するものは此仕組の外に道なければなり思ふに政治なり商賣なり其道は異なりと雖も其理には相違ある可らずトラスト システム果して實際に益あらば之を我政治社會に適用し競爭軋轢の弊を防ぎ以て共倒れの否運を免るゝは智者の事なる可し敢て政治家の省慮を祈る所なり