「虚に走りて實を離る/政治家の遊歴」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「虚に走りて實を離る/政治家の遊歴」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・虚に走りて實を離る/政治家の遊歴

虚に走りて實を離る

政略の誤りは虚に走りて實を離るゝより甚だしきはなし而して我國政治家の弊も亦虚に走り實を離るゝを以て最となすが如し從來政府の施設したる所を見よ敎育殖産法律制度を問はず爲す所多くは意外の結果を生出して當局者自からも竊に顧みて忸怩たるを覺ゆる其病根は何くに在るや過度の敎育を受けて學者の處世に苦むは政府が人民の智識を見て其財産を問はさるが故なり干渉保護の失敗に懲り繁文褥禮の面倒に惱まされて企事家の起つ能はざるは政府が行政の形式に拘泥して人民の便否を思はざるが故にあらずや其他法律制度の改良新定によりて當局者の事務の繁なる程に人民の恩德を感ぜざる所以も畢竟政府が泰西の學説を崇拜して固有の習慣及び現在の程度を斟酌せざるの過ちならん歟又翻て民閒政治家の運動を見よ自由民權の大義を説くと雖も殖産貿易の實利害を云はず政務調査に從事すと雖も曾て繁文省略を論したる者あるを聞かず大臣責任論、政黨内閣論その事の空漠に屬するものは明辨名言紙背に徹ると雖も少しく現實に係るものは奬勵すべき事業をも奬勵せず廢止すまじき保護をも廢止せんと欲するのみならず一歩進んで地租を輕減し地價を修正せんとの議さへ中々に盛なるに非ずや政府當局者の施設と云ひ國會議員の議論と云ひ其傾向は率ね此の如くにして心ある者は往々之を厭ふ者なきにあらず或は政府の當局者とても偶然の機會より今日の地位に立ちたる迄の人物にして素より善知識を以て目すべきに非ず國會の議員も亦必ずしも衆智を精撰したるに非されば其完全を望む可らざるは我輩の熟知する所なれども居は眞志を移すに足る政府が人民の爲めを計るに豈些の親切なからんや國會何ぞ獨り實際の利害に念なからんや之を計りて至らず之を思ふて盡さゞるは是れ皆時の流弊のみ政府と云はず國會と云はず虚に走りて實を離るゝは今の我國の病なり

政治家の遊歴

百聞は一見に如かずと云ふ遊歴の要は蓋し此邊にあるか我中央政府の耳目は各府縣を合せ四十有餘の多きありて民情一切命に應して具申し來ると雖も其書類を極端に惡評すれば多くは反故同樣にして毫も實際の憑據となすに足らず時に地方官を召集して會議を開くと雖も其言ふ所は中央當局者をして滿足せしむること能はされば是に於てか民情視察などゝ唱へて特に吏員を巡回せしむるは所謂百聞の一見に如かざるが故ならん而して其巡回の結果は如何と尋ぬるに到る處饗應の盛なるを聞けども曾て之が爲めに民情の疎通したりと云ふを聞かず巡回員の報告は未だ之を閲讀するに由なけれども例へば繁文の如き遂に省略せられざるを見れば復命の次第は略々以て知るべきのみ其他海外を巡回したる結果の如きは我輩の説明を要せずして世人の定めて知了する所ならん當局政治家の巡回なるものは大抵此如きものなるに顧みて民閒政治家の足跡を見よ某員の運動、某氏の漫遊云々とは毎度新聞紙上に頻々たれども此運動漫遊なる文字を解剖すれば政談演説・黨員募集の意に外ならず演説、募集も亦敢て全く非なりと云ふにあらざれども政治家たる者が地方を周歴して百聞一見の好機會に際しながら戲れにも實業家に接して實業談を談せずとは何事なるや各地の實況を目撃踏査して利弊の所在を吟味したらば政治家の本分を盡して公私に益する所少なからざるべきに漫遊の目的は黨爭の一方に偏し其最も注意すべき實業の邊に至ては立ちも寄らざるのみならず實業の人を導いて自家の仲閒に引入れ却って無責任の論客たらしめんとす口を開けば政務調査と云ひ民力休養と唱ふる其人にして漫遊の途上かゝる淺ましき振舞をも憚らず調査休養の文字をして靈あらしめば將に其冤に泣くなるべし人あり曰く其地方の代議士にして其地方の實利害を知らず又何の餘裕ありて他の地方を視察するに堪ふ可けんや演説壇上壯士に妨げられて却って得々を催ほすものは今の政治家の本色なるのみと言酷なりと雖も頗ぶる當れり此點より見れば民閒政治家の漫遊は當局政治家の巡回に比して却って厭惡す可きもの多きが如し知らず官吏の巡回と云ひ政治家の遊歴と云ひ何れの日か能く滿足なるを得べきや多年の流弊その矯正も亦難しと云ふ可し