「内閣更迭は頻繁を厭はず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「内閣更迭は頻繁を厭はず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

内閣の組織をして強硬有力ならしめんとは我輩の兼てより希望する所なれども今日の實際に於て果して其實を得べきやと云ふに先づ以て望なしと云はざるを得ず一昨年の交迭に黒田伯退きて山縣伯出で又本年の交迭に山縣に代りたるものは即ち今の松方内閣にして一兩年の間に三變したることなれども何れの内閣が果して實際に強有力なりしやと云ふに皆共に兄たり難く弟たり難しの間にして是ぞと云ふ出色のものなく假令ひ今後第四變の更迭あるも形勢は依然たる可しと我輩の竊に豫言する所なり世人は今の政府を目して情實政府と云へり情實政府と云へば其情實の病根は政府の仕組に宿して其仕組さへ改良すれば隨て病は去る可きに似たれども元來政府は人を以て組織するものにして政府を數へ盡せば政府なく唯人あるのみなれば今の情實政府の人にして悉く去り盡すに非ざれば其病根も亦去る可らず然るに其情實は朝夕の故に非ず維新の當初より二十餘年間次第に發育して以て今日に至り既に人に附着したるものなれば其人の間に行はるる内閣の組織に難澁を免れざるは誠に睹易き數にして今後幾回の交迭ありと雖も此情態にして面目を變せざる限りは更に甲斐ある可らず例へば從來内閣に更迭ある其度びごとに新方針云云の談は毎度聞く所なれども内閣は度度新なりと雖も其方針の〓に新なるを見ざるは何ぞや即ち〓〓〓〓〓〓なるが爲めにして其人既に新ならざれば〓〓〓〓〓〓〓るを得べからず固より當然の勢なりと〓ふ可し然らば今後内閣の更迭は全く無用なるやと云ふに又决して然らず世間或は政黨内閣の有害を説く者なきに非ずと雖も理窟上の利害論は姑く別として政治社會將來の成行を推測すれば政黨内閣は到底必至の勢なるが如し今日の處にては民間の政黨も尚ほ幼稚の域を脱せずして四分五裂更に統一する所なきが如くなれども俗に云ふ人の子も三年たてば三歳兒になるの諺に洩れず今後次第に政治上の錬磨を經て眞成の團體を成すと共に情實政府の長老もいよいよ老して假令ひ生理上に健全なるも政治上の運動に堪へざるの身の上と爲り他より促さずして自から退くの日ある可し即ち政府中に維新以來の情實を一變して政黨内閣の成るを告るの日なれども扨茲に要用なるは其一變の機會を圓滑ならしむるの注意なり凡そ人情の常として爰に好地位あれば取て之に代らんとする者多きと共に其地位に在る者は永く留らんとするの慾なきを得ず政治上の地位の如く榮譽權勢世俗の耳目に觸れ易くして自から人の羨望を惹くものに於ては殊に甚だしく内閣更迭の困難など云ふも畢竟是等の情慾より來るものなれば現政府二十餘年來の情實を一朝に振ひ去りて遽に純然たる政黨内閣に變ずるは其間に多少の困難を釀し或は人情の激する所、時に由りては意外の變なきを期す可らず隨分恐る可きものと云ふ可し故に今より此邊に注意して變更の機會を滑にせんことを謀れば内閣の更迭に當り從來の如く其部内のみに閣員の後任者を求むるの風を止め政府部内の者と民間政黨中の重なる政治家とを程程に調合して所謂聯合内閣を組織し以て次第に政黨内閣に漸進するの工風なれども今日唯今の事情に於ては突然民間の人物を擧ることも難かる可ければ差向きの一策として純然たる政黨内閣に達する第一着歩なる彼の朝野聯合の内閣を組織する其凖備に心を用ひたらば或は實際に行はるることもある可し其法は他なし唯今後は内閣の更迭に重きを置ずして其頻繁を厭はざるの在るのみ今日の内閣更迭と云へば固より情實部内に行はるるものにして幾回の更迭も更に奇觀なきは勿論なれども其中に亦自から變化の實なきに非ず現に過般の更迭にも新閣員に二三の新人を見て事情少しく變じたる所あるを卜す可し或は此新内閣には黒幕云云の沙汰もありて内部の情實は免れざる可しと雖黒幕の後見とても左程に永續す可きものに非ざれば自今以後の更迭には更に新人の多きを加へて今の人人が從來政府部内の席順に於て第二流とも云ふ可きものならば今より後は更に第三流四流にも及ぼし而して其首領の總理に一名の長老を推すの慣行ともならば時機に應して朝野の聯合を作るも容易にして果ては遂に政黨内閣の夢を實にするにも至る可し故に今日の策は内閣の更迭に重きを置かず其頻繁を厭はずして在朝の人も在野の人も共共に此一點に注目し苟も機會さ★へあ★れば其更迭を促すに躊躇せざるに在るのみ或は内閣の更迭頻頻にして其方針さへも定むるの暇なきとは之が爲め國運の進歩に容易ならざる影響を及ぼす可しとの説もあれども内閣一時の方針の如きは决して國運の上に影響するものに非ず此事に就ては自から説あり之を他日に讓る