「三菱社と山陽鐵道」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「三菱社と山陽鐵道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

三菱社の資本の洪大なるは世間に隱れもなく最早これを目して一私人の私産と云ふ可らず日本の經濟社會に於て嚴然たる金力の一政府なり既に政府とあるからには其當局者の心情何如に拘はらず自から政略の方針ある可し或はその方針を執るの際に時としては他を損して自からuするの形跡もある可しと雖も其邊は一私人の事にあらず金力政府の政略にして恰も人間世界自然の禍bネれば之を如何ともす可らずとの次第は前日の時事新報紙上に其大意を陳べたり(去月二十三日時事新報)竊に我輩の所見を以て該社が其大資本を使用す可き場所を案ずるに目下日本國の有樣に於ては公債證書株券等を所有し又は尋常の貸金預金等キて金融營利の事を第一として其他の實業は鑛山鐵道等の事業の外に着目す可きものなきが如し就中鐵道は我國最近の新事業にして永年の利u最も確かなるものなれば三菱にても夙に之に望を屬して漸く資金を投ずるよしなれども此一事に就て三菱政府の爲に謀るに新に敷設の事を企るよりも既成未成の鐵道を占領するの利uこそ大なれば今後三菱の方針は新を造らずして舊を買ふの一方に向ふ事ならんと推測せざるを得ず爰に山陽鐵道の事情を記して其一意を示さんに此鐵道相律のときには三菱社も大に關係したることなりしが創立後は特に力を盡すこともなく恰も創業者の姿を以て擴張する其間に世上一般會社の法律漸く解禁して山陽鐵道會社も共に困難の地位に陷りたる其時にも三菱は曾て之に應援するの意なく鐵道會社に借用金を要すれば〓て之を貸す者は三菱な〓や却て他に金策を運らすなどの有樣にて社運振はず株式の價は日に下落して一時は二十圓拂込のものが十圓〓内外にまで沒みたることあり此時に當りて三菱社は如何に運動したるや實際を見ざれば漫に口外す可きことならねど近來該社所有の山陽株は表面に裏面に大に揄チして會社株券の總數何分の一に達したりと云へば其所有株の中には彼の下落の極度以來世間金融の緩急に應して巧に買入れたるものも多分のことなる可し投機者は無論世間一般に山陽株を所有して賣放したる者の不運とは雖も三菱の爲めに謀れば世人の不運なるほどに高運なりと云はざるを得ず此點より見れば三菱が最初山陽會社發起のときに加入したるは得策にあらず若しも先見の明あらんには他人をして發起せしめ今日自家に所有する發起株丈けの金額を以て後に下落したる株を買入れたらば一層の利uを得たる筈なりとて或は竊に悔るの意味もある可し

以上は三菱が山陽鐵道に就き政略の宜きを得て第一の高運なり扨その第二の運動を何如す可きやと云ふに過般以來株券の景氣も次第に回復して或は拂込の高に達することもあらんとの人氣を催ほしたるよしなれども我輩の見る所にては容易に之を望む可らず山陽會社の重立たる株主等は近來三菱に依ョして進退するとのことなれば三菱も自家の爲め又他の株主の爲めにも十分に注意して社務を視ることならん既に三菱の視る所と爲れば其平生の主義として事の確實堅固を重んじ眼前の小利を云はずして遠大の利uを謀ることなれば假令ひ三菱が直に手を着けざるも衆員皆その意を承けて今度は山陽會社の會計を整理し後年の基礎を安全にせんが爲めに積金豫備金等を十分にして眼前の配當を薄くすることならん誠に整々堂々の處分にして之に異議を容るゝ者はある可らずと雖も内實を云へば小株主の多數は一分一厘にても配當の多きを利して樣々に金策を運らし辛して株券を所有することなるに目指す所の配當減じたりとあれば孰れも落膽して成す所を知らず遂には泣く泣く株券に告別するの悲境に及ぶ可し即ち復た株券の市價下落の時にして其品は自然に三菱に歸着することならん之を第二段として第三段に鐵道延長の事あり山陽會社今日の内議は線路尾ノ道に達して暫く中止と決し五十圓の株券も二十七圓拂込を以て休息の姿と爲り株主等は其二十七圓を極度の高と視做し全力を振ふて之を所有する其最中に三菱の如きは拂込の多寡遲速を物の數とも思はず早晩一度は馬關まで全通す可き線路なればとて延長説を唱へ多數の決議を制して頻々拂込を促すときは我慢に我慢して持堪へたる祕藏の株券も今は微力家の手に留るを得ず價を低ふして市場に彷徨することならん又復た三菱の爲めに株券買入れの好時節なり

右は三菱社と山陽鐵道との關係に就き既往を視て將來を畫きたるものにして果して我が輩の所見に違ふことなくんば到底この鐵道の全権は三菱に歸するの約束にして然かも其これを買入るゝには値段の談判を煩はすに及はず唯自然の勢に任せて品物の流込むを待つのみなれば三菱政府の手元に就て前後に占領したる持株の價を通算するときは工事の原價よりも幾分低ふして鐵道を得たるの事實を見ることならん黄金の靈能く黄金を得せしむるものと云ふ可し然るに爰に聊か關心す可きは近來世上に風聞する彼の鐵道買上論の一事なり方今各鐵道の中に山陽の一線は軍事上にも最も大切なるものにして其全通は政府の最も急ぐ所なるに今の内實に於て暫く尾ノ道に中止とありては之を傍觀す可きに非ざれば買上の第一着手は山陽線路なる可し扨これに着手したりとして株主は之を賣るや否や目下拂込の下に下りたる株券が拂込の金額に通用すと云へば微力の輩は喜んで買上に應ず可き譯けなれども三菱の如きは其期する所遠大にして數十年後の大利を豫算することなれば一時の小利uを見て自家世襲の財産とも名く可き利源を手放すの拙は爲さゞる可しいよいよ今度の國會に右買上案の現はるゝこともあらば世間に多少の議論ある可し經濟論者の今より注目す可き所のものなり