「製鐡事業」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「製鐡事業」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

製鐡事業

海軍省提出の製鐡所設立案は所謂新事業費の一にして昨年の議會に於ても種々の非難ありたれども歸せつ所は從來の如き不始末なる政府には斯る大事業を托する信用なしと云うに外ならざりしが如し政府部内年來の事〓に徴すれば其説も敢て無理ならず當局者に於ても自から省みて思い當ることもある可しと雖も政體一變の今日に〓〓の失策を喋々して之を咎むるも事に於て益する所なければ此處は政府も議會も時と共に一新して今後の事を計畫し實際に〓なきを期するこそ肝要なれ我輩の所見を以てすれば製鐡の問題は之を内國の事業として輕濟上に得失相償うや否や或は一時の損を免がれざるも終には其損を償うに至る見〓あるや否やの疑問に外ならず此疑問にして〓すれば其他は論ずるに足らざるのみ當局者の言に據れば製鋼の事業は軍備獨立の基礎にして〓船製砲の原材なる鋼鐡の供給を外國に仰ぐは一大欠典なり戰時は勿論、他國と事あらんとするに當り輸入の〓を絶たるゝに至るときは軍艦の製〓修覆も難きのみならず兵器砲彈の不足を告ぐることあるも之を補充するを得ざる可し云々と云へり製鋼事業の軍備上に必要なるは勿論なれども他國と事ある日に輸入の〓を絶たるゝ云々の推論に至りては窮窟至極にして今の世界の大勢に〓ずるものゝ言わざる所なり如何となれば右の如く立言するときは今後軍艦を始めとして海陸一切の軍器は悉く内國にて製〓するのみならず製鋼に要する原料に至るまでも悉皆これを内に求めざるを得ざる結論に〓す可ければなり西洋諸國の事例に徴するに其材料は必ずしも内地産出のものに限らず現に露國の如きは西斑牙に鑛山に所有し其他の諸國に於ても皆然らざるはなし蓋し鐡材の製〓には各種の原料を配劑調合する一事最も肝要にして剛柔硬軟、材の性質を異にするに隨ひ其原料の配合も亦異にせざるを得ざるが故に各種の原料を各地より集むる必要ある次第なりと云へば今我國に於て斯る大事業を〓すに原料の供給を悉皆内地に得る見〓ありとのことなれば此〓は先づ差支なしとするも各種の製材に要する各種の原料は悉皆これを内地に求む可きや否將た採掘の方法も未だ熟せずして且その性質さへも未だ分明ならざるものある内地の原料を當にすると之を外國より輸入すると輕濟上の利害は如何なる可きや凡そ是等の〓は此事業の計畫に就て最も研究を要する處なるに唯軍備獨立云々を目的として此問題を〓せんとするは〓して至當の見解と云う可からざるなり抑も製鐡の事業は今の軍備上に欠く可からざるは無論、鐡絛なり橋材なり船材なり其他建築用の材料に至るまで今後鐡の需用は次第に〓加して益々その必要を感ずるに至る可し然るに一々これを外國に仰ぐときは〓復〓〓の間に時日を費さざる可からず、不時破損等の用意として無用の鐡材を貯え置かざる可からず、又萬一その製品に厘毫の相〓ありても態々これを〓〓して引換の手數を爲さざる可からざる等諸種の不便少なからざるが故に今後需用の見〓も確かにして其原料は内外何れの地に取るも之を國内に製して得失相償う計算ある以上は斷然着手して差支なかる可し固より創始の事業萬事不慣の事とて遽に利益を見るは難かる可しと雖も兩三年の中には次第に經驗を積で得失相償うのみならず之が爲めに國内に熟練の職工を〓して器械製〓の〓歩を致し殊に我鑛山業の發〓を促す利益あるは我輩の信じて疑わざる所なり然れども製鐡の業は一に職工の熟練如何に依るものにして設計は云々方式は云々とて理論の上にては十分成功の見〓あるも實際に臨んで熟練の足らざる爲めに失敗したる例少なからず西洋諸國の職工中には單に原料溶解の度を鑑定し又は一の車輪を製するが爲めに非常の高給を得るものさえありと云へり左れば我國に於ても最初の間は彼國の職工を雇いて其熟練を利用すること必要なけれど若しも十分安全の案を云へば我輩の屡論じたる如くアームストロングもしくはクルツプの如き彼國の大會〓をして我國に工塲を設けしめ政府より之を保護し若干年の年限を期して之を買取る方法に如くものなし此案に由るときは其年限の間に我國の職工も自から熟練經驗を得て他日の〓業に萬、失敗なきを期するに至る可し此上の得策なかる可しと雖も現に軍備獨立などの〓もある程の次第にして是非とも政府の力を以て之を爲さんとならば最初の間は成る可く規模を小にし兩三年間は全く經驗の心得を以て從事し職工も次第に熟練し前〓の見〓も愈々確定したる上にて之を擴張するなり又は民間の資本家に賣渡して經營せしむるなり徐々に歩を〓むるこそ〓業の順序を得たるものならんと我輩の敢て信ずる所なり