「外人の來遊」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外人の來遊」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外人の來遊

我輩が先年來世論に先んじて内地雜居の説を主張したるは世人の夙に知る所にして其趣旨

たる敢て奇論を唱へて社會の耳目を驚かさんが爲めに非ず一般の社會を開明の域に進め商

賣貿易の業を盛にするの方便として外人の雜居を自由にし内國の人民をして西洋文明の人

と物とに接せしむるの必要なるを認めなればなり喩へば田舎の人と都會の人とを比較して

本來の賦性に智愚鋭鈍の差はなけれども實際に於て其間に知見の相違甚だしきものあるは

都會の住居は常に見聞を廣くし事物に接するの機會多きに反して田舎の地方は是等の機會

に乏しきが爲めにして即ち都人士の都人士たる所以、田舎者の田舎者たる所以は見聞觸接

の廣狹多少に外ならずと知る可し上文の事實果して然るときは今世界の田舎たる日本の社

會をして文明の仲間に入らしめんとするには右の趣旨に從て見聞を廣くし觸接の機會を多

くするの外に策ある可らず本來を云へば我國人が大に奮發して自から船舶を造り自から航

路を開き續々彼地に渡航して進んで見聞觸接の益を収めんことこそ希望する所なれども從

來の國情に於ては遽に斯る大奮發を望む可きに非ざれば寧ろ外人を内地に引入れ社會の人

心を刺衝せしむるを以て實際に行はれ易き方便と爲さざるを得ず即ち我輩が内地雜居の必

要を認めたる所以にして之が爲めに我國に利する所の利益を計ふれば一にして足らざれど

も先づ其重なるものを云へば一般の人民が親しく外人に接して自から智識見聞を廣くし文

明世界の田舎人たる譏を免るゝは勿論、多數の外人が内地に入込んで商賣に工業に金を投

じ手を出すに至れば從來不活溌〈発→發〉なる日本の經濟社會も頓に其勢を一變して内外

の通商貿易は其面目を一新すること疑ふ可らず即ち社會上に商賣上に利益の一方ならざる

は我輩の保證する所なれども條約改正の成行も世人の知る如くにして當分成效の望なきが

故に斯る眼前の利益も之を實にすること能はずして依然世界の田舎者に安んずるとは返す

返すも遺憾の至りなれ然るに茲(玄+玄)に意外の出來事と云ふは近年來加奈陀太平洋の

鐵道落成し次で之に接續する太平洋の航路も開け東西洋間の運輸交通は從來に比して幾倍

の便利を增したるより西洋人の我國に渡來するもの年一年に多きを加ふるの一事にして或

人の計算に據れば一個年間の平均凡そ三千人に下らざる可しと云ふ抑も其來游の目的は眞

の漫遊にして所謂興に乘じて來り興盡て去るものなれば彼に於ては旅行見物の外に意なし

と雖も我國に於て之が爲間接直接に利益する所は非常にして决して等閑に付す可らざるも

のあり其次第を云はんに假令ひ一事の漫遊とは云へ外人の來游するもの多きときは我國人

の之に接するの機會も隨て多くして爲めに一般の知識見聞を廣くするの便利少なしとせず

然のみならず我山水風景の美なると工藝美術の妙なるとは即ち彼の來遊を促すの引力にし

て一たび足を日本の地に入れて愈よ其實際を探ぐれば其風景の優美にして世界に冠絶し又

その工藝品の精妙にして西洋人などの企て及ぶ所に非ざるを見ては驚かざるものある可ら

ず歸國の上には其評判を傳へ又傳へて他の好奇心を引起さしめ益々漫遊者を誘ふが故に

年々三千人の來客は恰も年々三千の廣告を世界に散布すると同樣の次第にして爲めに益々

日本の評判を高くし隨て貿易商賣の上にも影響すること少なからざる可し尚ほ其外に直接

の利益の更に大なるものあり彼の來遊の外人が日本漫遊中に費す所の費用は假りに一人に

付き一千圓とするも三千人にては三百萬圓の額に達す可し是れ皆日本人の手中に落つる所

のものにして三百萬圓甚だ多からずと雖も今後我國人が務めて外人優待の法を講して來遊

者の便利を謀るときは三千の數を五倍し十倍すること敢て難きに非ず若しも今より十倍の

來客ありて其三萬人が平均一千圓づゝを費すものとすれば三千萬圓の總額を見る可し即ち

我輸出高の半額に均しきものにして其金額は居ながらにして我國益に歸するものなり外人

來遊の爲め直接間接に利する所のもの斯の如しとせば今後我國人は益々その來遊を促して

益々國益を謀ること大切なる可きなり