「英國新内閣の組織」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「英國新内閣の組織」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英國新内閣の組織

一昨十七日倫敦發にて其筋に達したる電報に據れば英國新内閣の組織成りてグラツトストーン氏は内閣總理大臣にローズベリー侯は外務大臣に任ぜられたりと云ふ簡單の報道にして詳細を知るに由なしと雖も今回總撰擧の結果は在野の自由黨に四十名の多數を制したる由なれば英國政治上の慣例として前總理大臣ソールズベリー侯は女皇陛下に辭表を呈し引續き内閣員一同も職を辭したるより陛下にはグ氏を召して内閣の組織を命ぜられたるに付き氏は謹んで命を奉じ自由黨の領袖を以て新内閣を形造りたることならんローズベリーはグ氏の前内閣に於ても外務大臣たりし人なれば今度の再任は至當の沙汰なる可し其他の新閣員何れも其人を得たることならん中にも彼の艶罪事件の爲め久しく政海の外に在りしチヤールス ヂルク氏も撰擧に當撰したるよし氏は黨中錚々の士にして殊に外交の伎倆に長じグ氏内閣の立者を以て目せられたる人なれども從來の事情もあれば今回の入閣は如何ある可きや凡そ此邊の消息は不日に知ることを得べしとして扨グ氏新内閣の前途は如何と云ふに頗る困難の事情あるが如し愛蘭の自治はグ氏が畢生の目的として宣言したる處のものなれば今回は必ず其案の提出を見ることならんなれども議塲の多數は僅々四十名に過ぎずして殊に愛蘭の議員もパーテル氏の失行以來は二派に分れて兎角一致せざるの傾きある其上に自治案に就ては自黨の中にさへ去就の氣遣はしきものもありと云ふ即ち反對黨の附込處にして新内閣當局者の苦心想ひ見る可し然れども更に一方より考ふれば保守黨の前内閣は明治十八年の組織以來今度の更迭に至るまで凡そ七年間を持續して英國の内閣中にては隨分長き方なれば假令ひ其施政上には格別の失策を見ざりしと雖も一般の人心に於ては既に倦厭の情なきを得ず今回の更迭はグ氏の名望と其黨派の勢力とに由るとは云へ畢竟一般の人情に舊を厭ひ新を喜ぶの邊より生じたる現象と見て差支なければ若しも新内閣の當局者が此機會を利して政略の妙用を逞ふするときは自治案の通過決して望なきに非ず反對黨の言ふ所に據れば愛蘭に自治を許すは恰も大英國の統一を失ひ國家の主權にも影響すること云々とて非難の聲甚だ高しと雖も又一方の説を聞けば自治とは字義の如く唯地方の自治を許すのみにして其趣は英領加那陀及び濠州所屬地と同様のものたらしめんとの計畫にして英國の主權上には寸毫も損する所ある可らず然るに特に之を云々するは英人固有の守舊心は容易に事の新奇を許さゞると一部の貴族輩が愛蘭に土地を所有するが爲めに自治の暁には其土地の收入を失ふの恐あるを以て反對すると凡そ此二樣の原因に過ぎずと云ふ其議論は姑く擱き兎に角に新内閣が政略の妙を誤らずして機會に投ずるときは自案の通過案外に容易なるやも知らずと我輩の竊に想像する所なり扨又新内閣の外交政略は如何と云ふに保守黨は其系統よりして國交上には常に自國を利するを專一の目的と爲し時としては小國などに對しても一歩も辭せざるの傾あれども自由黨は之に反し平生の主義として人權を貴ぶの流儀なるが故に外交の政略も自から精神を異にせざるを得ず此點より見れば新内閣の政略は日本の條約改正にも多少の影響はある可きか我國人の須らく注意す可き所なる可し以上は内閣組織の電報に接して取敢へず所見を述べたるに過ぎず不日詳報を得て更に論ずることもある可し