「・條約改正の方針如何」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・條約改正の方針如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・條約改正の方針如何

一説に據れば我國の條約改正は年來の失敗にも拘はらず諸外國の感情は案外平穩にして容易に〓る可きの望なきに非ず例へば彼の葡萄牙國に對して領事裁判權の破棄を斷行したるが如き從來外交の慣行より見れば非常の英斷なれども其他の各國は何れも傍觀して異議を唱ふるものなし故に飽までも此方向に進みて葡國と同樣、適當の領事を在勤せしめずして條約の精神に叶はざるものに對しては猶豫なく其裁判權の破棄を宣告し其結果として現行の條約を無効のものと見て更に改めて新條約を締結するの運びともなれば治外法權は不言の間に撤去することを得べし要するに改正の談判は左まで困難ならざる可しとの説もあれども又一方に於て外國人の説く所、又その新聞紙に論ずる所などを見れば前日の紙上に記したる獨逸新聞の譯文の如きものもありて我要求の次第如何に由りては中々容易ならざるが如し今雙方の説は兎も角もとして我輩の所見を以てすれば民間の論客が熱心に主張する所謂對等條約(或は對等以上とも云ふ可き)の説は到底行ふ可らざるものとして擱き當局者の改正方針は如何と云ふに現内閣の總理たる伊藤伯は其前度の内閣に於て曾て改正の談判に着手したるのみならず其後明治二十二年の談判には時の當局者と意見を異にして隱然反對の地位に立たるは世間の認むる所なれば自から自家の意見なきを得ず即ち其意見こそ今の内閣の方針として認む可き所のものなり聞く所に據れば二十二年の改正案に就き伯の反對したる其要點は法律の論にして我裁判所に外人の法官を採用するは憲法の精神に違背するものなり云々との意味なりしと云へば今の内閣の方針も凡そ此邊に向ふことならん或は法律云々の論は其本旨に非ずとするも兎に角に當時の案は彼に譲る所のもの多きに過ぎたりとて反對の意を表したるに相違なければ伯の方寸於ては條約改正は過分の譲與を爲さゞるも必ず成功す可しとの見込あるや疑ふ可らず然らば現内閣の改正方針は前案に比して聊か強硬を加へたるものと假定して扨我輩の所見を以てするに愈々實際の着手となれば其困難頗る容易ならざるが如し諸外國の感情は案外に穩なりと云ふも其譲與の如何に由りては談判も中々面倒なる可きのみならず其感情云々も全くの推測にして彼等も從來の成行に懲りて譲與の如何は兎も角も又も不安心の談判は先づ以て御免を蒙るなどの内情なるやも知る可らず或は實際に其邊の心配もなくして外の談判は先づ折合ふものとしても茲に掛念す可きは内の反對故障なり苟も譲る所のものありと云へば民間の反對論は到底免る可らざる其上に尚ほ恐る可きは部内の故障にして然かも其勢力は微妙の邊に存して之を防ぐこと決して容易ならず其趣は當局者に於ても自から經驗に乏しからざる所ならん昨年松方伯が内閣を組織するに當りて種々の注文を爲したる其中に條約改正の中止は其一箇條なりしと云ふ眞偽は知る可らずと雖も思ふに伯の地位勢力にては内の釣合を慮りて改正の中止を要求したるも強ち不當の注文に非ざるが如し現内閣は老政客の顔揃ひにて斯る掛念少なしと云ふも實際の困難は外より想像す可らざるものある可し或は改正の計畫をば態と十分にして迚も行はる可らざるの程度に定め政府の方針は云々にして國民一般の希望を空ふせざる覺悟なれども何分にも談判の折合はざるを如何せんとて表面に強硬の手段を取ると見せながら漠然として日一日を經過するが如きは一時の安を偸みて目前の無事を保つには頗る妙なれども斯の如きは則ち自家の地位の安全の爲めに國事を弄ぶものにして現内閣の敢てせざる所なる可し兎に角に現内閣は伊藤伯の總理する所にして外務の當局には機敏活溌の聞ある陸奥氏もあれば改正の方針手段に就ては既に一定の成算あることならん我輩は今後の實際に於て之を知らんと欲するものなり