「狩獵規則に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「狩獵規則に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

過般政府が勅令第八十四號を以て発布したる狩獵規則に對しては政治社會の物論甚だ喧し

く貴衆兩院の中にも政府の處置に就て不滿を抱くの人々少なからずと聞けば該事件は遠か

らず議塲の一問題となり重ねて世間の注意を惹起すならんと想像して間違なかる可きが茲

に我輩の甚だ遺憾に思ふ次第は民間の政客が狩獵規則を攻撃する其議論の要旨を糺せば政

府が議會の協賛を經ずして獨斷に此規則を發布せしは即ち議會の權理を蹂躙したる違憲の

所爲なりと云ふ純然たる憲法論に止り扨實際の處にて此度の新規則に依り一般人民は果し

て如何なる影響を蒙り如何なる利害を感ずる歟などの點に至ては更に之を考究せざるの一

事なり盖し政府のこの度の處置は立憲政治の今日或は聊か穩當ならざるの嫌なきに非ざれ

ども畢竟するに近頃の如く政府のこの度の處置は立憲政治の今日或は聊か穩當ならざるの

嫌なきに非ざれども畢竟するに近頃の如く政府と議會と睨合ひ互に一歩を讓らずして只管

自家の勢を張らんことにのみ吸々たればこそ些細なる小事件も動もすれば衝突行違の種と

爲りて扨こそ勅令に就ても面倒なる議論の生ずるに至れることなれ若しも雙方の意氣相投

じて平穩に國の政を行ふの覺悟ならんには假令ひ政府が偶ま議會の相談を受けずして一勅

令を發布したればとて直に違憲云々の聲を高くして空しく騒ぎ立るが如き輕忽の擧動はな

かる可き筈なりと我輩の竊に信ずる所なり左れば目下この事に就て民論の喧しきは唯規則

の發布を奇貨として政府攻撃の手段に利用したるものゝみ數年來官民軋轢の成行を考ふれ

ば深く怪む可き程の事に非ざれども我輩は彼の民間の政客が憲法上政府に對する議會の權

限を爭ふことに忙しきが爲め狩獵規則其ものゝ利害得失を度外に置て顧みざるを憾むもの

なり兼て時事新報にも記したる如く(本年十一月十二日、十三日及び十五日の雜報)今回

の狩獵規則には種々樣々の不都合甚だ多くして若しも之を文面通りに實行したらんには直

接に其影響を蒙る狩獵者の迷惑は申すに及ばず元來此規則の目的とする有効動物保護の方

法も甚だ粗漏千萬にして毫も理學上の事實に基きたるの形跡なく唯無知無學なる農民若し

くは地方の小吏などの云ふ所を根據として案出したるものなれば一般農業者に於ては是が

爲め何等の利uをも受けずして却て意外の損害を蒙るの奇談もあらんと云ふ程の次第にし

て全國の遊職獵者及び動物學者等の中には口を極めて新規則を攻撃する者少なからずと聞

けり我輩は政府が何の必要に迫られてか憲法違犯の嫌疑をさへ冐し倉卒にも斯の如き不都

合極る法令を發布して以て反對者に自家を攻撃するの機會を與へたる歟これを知るに苦む

と共に又一方に於ては民間の政客が頻りに其の違憲の次第を論辨して政府の處置を非難し

ながら却て其規則の瑕瑾欠典をば一切不問に附して恬然たるの迂に驚かざるを得ず憲法上

の權限爭或は一時政治社會の感情を刺激して新聞演説に議論の花を咲かすこともあらんか

なれども其爭の結果に依て政治以外一般の民心を左右せんなどゝは思も寄らざることゝ知

る可し若しも民黨の政治家にして此機會を利用して政治外獨立の人士に容れられんと欲せ

ば漫に憲法の空論を唱へて無形の爭に時を費さんよりは暫く其視線を一轉して專ら實地の

利害得失に着眼し狩獵規則の細目に就て一々其不都合なる點を押へ嚴しく政府の粗漏を責

めたる上此規則を廢止して之に代るに充分思慮を費したる完全無欠の新規則案を編成する

に如かずと我輩の敢て忠告する所なり