「・委員政治」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・委員政治」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・委員政治

政府にては各種の委員を設くること近來の慣行にして行政竝に海軍の整理を始めとし法典審査の如き水産調査の如き皆然らざるはなく近々着手す可き製鐵事業の調査の如きも亦委員の組織なる可しと云ふ即ち世閒に委員政治の名を博したる所以なり行政并に海軍の事は姑く擱き法典と云ひ水産と云ひ其委員の任命は從來の如く政府の官吏のみに限らず廣く之を朝野の閒に求めて專門家實業家もしくは國會議員の中よりしたるが如きき畢竟事の調査を精密にするの精神にして敢て非難す可らざるが如くなれども或は其任命に就ても法典に法律學者は可なれども水産に山林學者を撰みたるが如きは人望主義に出でたるなりとて竊に議するものもあるのみならず委員組織その事の利害に關しても自から種々の説あるが如し抑も此種の組織は果して非か從來政府の仕事は少數なる當局者の了簡に出でゝとかく調査の足らざるより實際に違算もなきに非ざれば委員を設けて着手前に精密の調査を遂ぐるときは幾分か其弊を矯むるの利益もあることならん然らば則ち委員組織果して是か所謂調査なるものは徒に繁雜に渉りて事の敏捷を欠ぐの弊なきに非ず事務上に戒しむ可き所にして事に多數の人を會するときは其弊害ますます甚だしからざるを得ず一概に是とす可らざるが如し其是非利害は容易の談に非ざれども我輩の所見を以てすれば本來の利害は兔も角も政府にて事を爲すに先づ調査委員を設けて國會議員を其委員に任ずる所謂委員政治は目下の要を得たるものなる可しと信ずるなり抑も國會の議場に兔角窮屈の議論多くして政府の當局者も之に對して毎度困却の情あるものは外ならず其人々が政務の事情に通ぜずして政費節減など云ふ極めて單純の理論を以て繁雜至極なる行政の事務を推斷せんとするが爲めにこそあれば今その患を去らんとするには議員の策をして少しく政務の實際を知らしめ以て單純なる理論の事實に通用す可らざるを自から悟らしむるに如くはなし委員の設けは恰も此目的に適應するものと云はざるを得ず或は調査々々と唱へて些末の事務にも委員を設くるときは事の敏捷を欠ぐの弊は自から免れざることならんと雖も從來の例として政府の仕事には敏捷と失策と相伴ふことも亦多しとすれば詰り差引して格別の利害はなかる可し左れば所謂委員政治は唯國會議員をして政務の事に通じ多少その言論を實ならしむるの政略として我輩の贊成する所なれども此點よりして唯遺憾なるは彼の行政整理調査委員の中に議員を見ざるの一事なり或は法典水産又は製鐵の事の如きは政務の一端とは云ふものゝ學術もしくは實業に關係するが故に其委員の中に議員を容るゝも差支なけれども政府部内の整理に至りては純粹の政務にして苟も局外者の干渉を許す可らず議員を委員中に列するが如きは以ての外なりとの説もあることならんと雖も水産なり製鐵なり苟も政府の手にて取扱ふ以上は等しく是れ政務のみ是れは純粹のものなり彼れは雜駁のものなりとて其閒を區別するの理由はなきのみか殊に行政の調査の如きは別に法律に定めたるものに非ずして云はゞ當局者の參考に供するまでのものなれば其委員に議員を容れたりとて行政の權限に云々の嫌ひもなかるべし若しも議員をして其事に當らしめなば議員たるものは自から政府の内情に熟して自から窮屈の議論を和らぐるの利あるのみならず當局者の眼に慣れて自から見逃されたる事實も局外者なる議員委員の認むる所と爲りて其調査も一層精密なるものありしならん實際を云へば水産の如き自から專門家の事にして殊に議員を要するにも非ず行政の事こそ議員委員の調査を必要とするの事情ある可きに然るに一歩を進めて事の茲に及ばざりしは委員政略の欠點として我輩の竊に惜しむ所なり