「米國目下の銀問題」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「米國目下の銀問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

北米合衆國の銀塊購入法即ちシャーマン、ローは來八月の臨時國會にて多分廃止せらるゝ

ならんとは世間一般の期する所にして若しも果して然るときは今後米國政府は銀貨に就て

如何なる方針を取る可きや經濟社會の一大疑問なり前號にも述べたる如くシャーマン法は

自由鑄造論と金貨單本位論との中間を取りたる一種の調和策にして銀鑛營業に付き直接間

接の利害ある者は皆此法律を以て銀の相塲を上騰せしむるものと想像して大に賛成したれ

ども何ぞ圖らん實際の成蹟は全くその反對に出で該法の實行以來銀の價は却てますます下

落するのみならず隨て金貨の濫出を惹起し國中の銀行は續々閉店して今にも商業社會の大

恐慌を生ぜんとするの徴候を現はしたるにぞ以前の賛成者も今日となりては只管其廢止を

希望するの有樣にして例へば此法律の提出者なる上院議員シャーマン氏其人の如きも今は

公然新聞紙上に銀塊購入法の廢止す可き所以を陳述するに至りし程の次第なり其他現に自

由鑄造論者にして廢止説を主張する者少なからざれども固より是れ等の人々はシャーマン

法を廢すればとて决して金貨本位を維持す可しと云ふに非ず其目的とする所は即ち銀の自

由鑄造を擧行して以て兩貨制を實施するに在ること明なり今試に其所論の大要を記せば近

來銀の價格の大に下落したるは全く米獨佛等の諸國が千八百七十三年のころ金銀の相塲に

少しく變動を生ずるの徴候ありしを見て大に驚き先を爭ふて銀本位を廢したるが爲めに外

ならざれば今日銀の價を回復するには唯これ等の國國にて再び金銀兩本位の昔に立返り人

爲を以て金銀の相塲を制定すれば可なり然るに是れまでの經驗に據れば歐米諸大國に説勸

め恊同一致して兩貨制に賛成しむるは到底實際に行はれ難きことなれば徒に手を束ねて彼

等の同意を表するの時を待つよりも寧ろ合衆國が他に率先して自から自由鑄造を始るに如

かず彼のシャーマン法の如き金本位より兩貨制に移るの階段としては自から多少の効能な

きにあらざれども畢竟一時の姑息策に過ぎず國家永遠の利害を謀れば斯の如き曖昧の策は

速に廢止して斷然自由鑄造を實行し銀をして金と並び立て國の通貨たらしめざる可らずと

の論旨なり自由鑄造論者の中にて最も熱心なるブランド氏の如きは今日政府にて金銀の相

塲を十六乃至十五半分一との割合に定め誰にても造幣局に銀塊を持行けば政府はこれと引

換に其目方の十六分の一若しくは十五半分の一丈けの金又は金の證書を與ふ可しと主張せ

り(今日の金銀の相塲は凡そ廿八と一との割合なり)斯くすれば全世界の銀は一時に米國

の造幣局に集來りて政府は忽ち引換の金に差支ふ可しとの反對説あれ共ブランド氏等の説

に據れば今日合衆國は世界第一の富國にして政府には殆んど無盡藏の信用あるを以て斯る

大政府が一旦金銀の相塲を十六と一との割合に定めたりと公告するときは世人はみな安心

して復た實際に正金の引換を望む者なかる可し又萬一これありとせんか合衆國政府の信用

を以て廣く世界に金の公債を募るときは極めて安き利足にて幾千萬弗を得るも最と易きこ

となり毫も掛念するに足らず合衆國の世界各國に對する今日の有樣は恰も侏儒の群に大漢

の立てるが如し兩貨制の如きは吾々米國人が獨立にて颯々と斷行す可し敢て英獨佛等の如

き小兒に向て助を求るには及ばざるなりとて頻に米國の實力の大なるを誇稱し單に自國一

政府の力を頼むんで全世界の金銀相塲を恣に動かさんと企る其議論の大膽なるには實に驚

くの外なし

然れども米國の經濟論者悉皆大膽なるに非ず今日のままにて自由鑄造を行ふときは國庫の

金は次第に外國に流れ出て遂に知らず識らずの間に自から銀貨國に化し去る可しとて思慮

深き人々は容易に大事を决するの意なく殊に現大統領クリーヴランド氏は素より自由鑄造

論には反對の意見を持し且つ過般來數ば公言して現政府は如何なる事情に遭遇するも出來

得る丈の力を盡して飽くまでも金本位を維持することを勉む可き旨を約束したれば假令ひ

國會にて自由鑄造案の通貨することありとするも大統領は必ず之を拒絶するに相違ある可

らず左れば結局の成行は兎も角もとして現大統領の在職中に米國が金貨本位を廢して兩貨

制若しくは銀貨本位に移るが如きは先づ以て覺束なきことゝ豫言して可なるが如し