「銀は充溢せず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「銀は充溢せず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

銀は充溢せず

銀價下落の爲めに日本より海外に輸出する商品の數量增加するは明白の事實にして之を疑ふものはある可らず即ち其輸出の增加は我國の利益に外ならざれども杞憂家の説に據れば輸出の增加は事實なりとしても之と同時に金貨國より銀貨國への輸入は困難を感ずるが故に外國よりの輸入は大に減少す可し而して其輸出入の差は銀貨にて流入するものなれば日本は下落したる銀の充溢を受けて其始末に困難す可し銀貨濫入大變なりとて大に患ふるものゝ如し盖し銀の充溢云々の一事は獨り杞憂論者のみならずして一般に惑ふ所の問題なれども我輩の所見を以てすれば輸出增加の爲めに銀の充溢を致すの理由なきのみか假りに一歩を讓りて充溢の實ありとするも我國の爲めには毫も患ふるに足らずと敢て斷言するものなり盖し論者の言に從へば我輸出の額は一億圓にして外國よりの輸入は七千萬圓に止まるものとすれば其差の三千萬圓は銀にて入るものと見たることならん一見然るが如くなれども本來内外の輸出入は常に相平均すること經濟上自然の數にして不平均は一時の現象に過ぎず左れば日本の輸出ますます增加するときは輸入も亦その割合に隨ひ次第に增加して遂に平均を見るに至るは事實に疑ふ可らざるものなれどもいよいよ其有樣を致すは數年の日月を要することゝして其間は輸出入に不平均ありとするも其差は單に銀のみにて入るものと斷定す可らざるのみか實際に於ては或は全く入らざることもあるの事實を知らざる可らず即ち入るものとすれば日本人の好む所の品物と爲りて入ること商賣上の常なるが故に若しも我國人にして銀を好めば銀にて入ることならんなれども日本に於て銀の需用は如何と云ふに銀貨もしくは銀塊としては中央銀行に備ふる六七千萬圓の準備の外に特に必要もなきことなれば國人の好む所の銀器装飾品玩弄物の類と爲りて入ることならん是等は高の知れたることにして計ふる程のものには非ざる可し然らば如何なる物にて入る可きやと云ふに金にても入る可し鐵にても入る可し或は贅澤品にても入らん或は必用品にても入らん只我國人の好む所の物と爲りて入ることなれども是れは我に入るゝの必要ある塲合に於て然るのみ若しも其必要なきときは之に反對にして全く入らざることもある可し扨その塲合は如何と云ふに我國の事情に於て輸出入の差なる幾千萬圓を内に入るゝの必要なきときは之を内に入れずして外に置くこともある可し即ち外國の銀行に預金と爲すも可なり、彼地に於て金を買置くも可なり、公債を買ふも可なり鐵道の株を買ふも可なり、土地を買入るゝも可なり、或は製造工業運送等の事業に放銀するも可なり何れにしても其始末に差支はある可らず輸出入の統計に就て此有樣を見れば日本の貿易は出づるもの多くして入るもの少なく甚だ不平均なるが如くなれども其不平均の差は動産もしくは不動産と爲りて現に海外に存在することなれば國内に在ると同樣にして日本の身代に於ては毫も異なる所ある可らず若しも日本人が未開の人民にして實際に必要の有無を問はず只管銀を珍重して恰も之を寶物の如くに心得、或は野蠻國の土人の如く之を土中に埋めて秘藏するが如き人民ならんには世界の銀は下落の勢に連れて我國に流入し輸出入の差は悉皆銀にて入るなどの奇談もあらんなれども今の日本の人民は野蠻の土人に非ず西洋諸國と商戰して其戰に勝んとするの人民なり銀貨下落の勢いに乗じ金貨國を蹂躙して大に利せんとするの人民なり實際の利害を忘れ白色の阿堵物に垂涎して自から毒するが如き愚民に非ざるは我輩の萬々保證する所なれば此點に就ては杞憂論者も其杞憂を止めて大に安心す可きなり或は日本の事情この際、他の品物を入るゝよりも銀を入るゝを利なりとするの必要ありとせんか大に銀を取込むも可なり即ち銀の入るは取も直さず我國輸出の增加したるの結果に外ならざれば其價次第に下落して之が爲めに損失を免れずとするも我貿易膨大の利益は其損失を償ふて餘りあるのみか日本の人民は斯る塲合に當りて坐ながら損失を蒙るが如き愚民に非ず銀價の次第に下落するは世界の大勢なりと云ふと雖も其大勢の中にも自から波瀾を生じて起伏高下の變動を免れざるは物價の常態なるが故に巧に其間の機會に投じて之を賣出すときは大に益することもある可し左れば斯る變動に乗して大に銀を入るゝも亦自から一策なるやも知る可らず何れにしても國を益するの談なれば我輩は唯實際に安全にして利益の大なるものを選まんと欲するのみ之を要するに今の日本に於て輸出入の差の爲めに銀を國内に充溢せしめ其始末に苦しむが如き掛念のあらざるは我輩の斷じて疑はざる所なり