「近來の一奇」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「近來の一奇」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

近來の一奇

とも云う可きは地價修正派の委員と稱するものが政府の意見を聞くが爲めなりとて當路の各大臣を歴問して面談を試る一事なり而して其委員中には國會の議員たるものも少なからざるよしいよいよ奇なりと云わざるを得ず抑も修正其事の利害得失は別問題として姑く〓き苟も之を主張して其實行を期せんとするには種〓の運動も必要にして或は同志の團結を謀るも可なり或は新聞に論じ演説に談ずるも可なり成る可く其聲を大にして世論を動かすことは自から必要の手段なる可し立憲の治風に於ては議論に多數を制するものが勝を得る常にして事の目的を達するは多數の同意を得ると否らざるとの一點に在ることなれば修正派の運動この手段に出るに於ては〓して非難す可からずと雖も其委員の輩が當局者の門を叩き云々するは果して如何なる必要あるや我輩は只その擧動の古風にして事の奇なるに驚くのみ或は地方に水害又は震災の如き不慮の變を生じて非常の損害を蒙り惨〓筆紙に盡す可からず地方官又は視察員より報告具申はある可しと雖も尚ほ親しく其事〓を述べて免〓等の恩恵を〓願する爲めに人民の總代が當局者に面談などする例はあれども是れは哀訴嘆願の塲合に於て然る可きのみ地價修正は恩恵の〓願に非ず其是非は自から政治〓會の問題なれば私〓を去て國家百年の大計に着眼し正々堂々これを論じて世論を動かす手段を運らすこそ政客たるものゝ本分たる可きに假令へ其手段中の一方便なりとは云へ權家の門を叩て云々する一事は立憲政治の國に於ける政客の擧動とは見る可からず或は當局大臣の家を訪れて面談するは政府の意見を確かむるが爲めにして運動の必要に出づるものなりとの〓もあらんなれども修正案の提出は政府の政略に關することなれば當局者たるものも豫め之を明言して自から自家の政略を妨るが如き愚は爲さざる可ければ其要領を得ることは難かる可し最初より分り切たることにして無益の談なるに然かも政海の事〓に明なりと稱する國會議員たるものまでが斯る無益の事を試みて自から得々たりとは驚入りたる擧動と云わざるを得ず若しも假りに英國などにて在野黨の議員が時の内閣員に面會を求めて今度の内閣に於ては云々の議案を提出せらるゝ御意見なるや否や御洩らし下されたしと申込みたるものもあらば如何、世間一般の人は只その事の奇なるに驚くことならんのみ畢竟我國の人心は未だ專制時代の習慣を〓せずして國會開設の今日にも拘わらず政府の當局者に對し直接に哀訴嘆願するを以て人民の希望を達する捷徑なりと心得るもの多きが故に彼の委員の輩とても内心には其無益なるを知りながら俗間の人望を損せんことを恐れ心にもなき擧動を演じて表面に熱心を装う意味もあることならんと雖も苟も國會議員の擧動としては單に當人の品格を損するのみならず帝國議會の輕重に關して其影響容易ならざるものあり議員たるものは自から顧みて其身を重んず可し哀訴嘆願に類する擧動は我輩の取らざる所なり