「取引所設立の出願に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「取引所設立の出願に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

取引所法は本月一日より施行の筈にして過般來各地より續々出願するものあり昨今は三十

何箇處の多きに及びたるよし既に期日も過ぎたることなれば政府の免許を待つこと一日三

秋の思ひにて彼の委員など稱するものは先頃より府下に滯在して頻りに奔走しつゝあるよ

しなれども其筋にては各所よりの出願に對し夫れ夫れ精密の取調を要する廉ありとて未だ

許可の塲合に至らず當業者の迷惑思ひ見る可きなり現行法に據れば取引所の設立には制限

もあることにして各地の出願に對して一々これを許す可きにも非ざれば當局には自から取

調の必要もあることならん又我輩の所見を以てするも現に出願したる三十何箇處の中には

取引所を設くるの必要なき地方も少なからず或人の説に據れば實際は米穀の産出少なきの

みか一箇月に僅々何十〓の米を他の供給に仰ぐ地方より差出したる願書に米穀の取引甚だ

盛にして一箇月に集散するの穀高何萬石に及べり云々など記載したるものもあるよし彼の

鐵道敷設の計畫に發企人の輩が地方の貨物旅客の統計に掛直を爲すと同樣にして多數の出

願者中には其地方の繁昌を聲言して萬一を僥倖せんとする者もあることならんなれば之を

許可するに取調の必要は勿論のことなれども現に出願の中に就て見るに熊本を始めとして

其他凡そ七八箇處の地方は必要の塲所にして直に許して差支なきのみか是非とも許可せざ

る可らざるものなるに他の一般の出願と同樣に視て取調の爲めに許可を遲引するは玉石混

淆の譏を免れざる可し或は同一の法に據り同一の手續を以て出願に及びたるものなれば許

否の沙汰も亦同一に取扱はざる可らずとの掛念もあらんかなれども熊本其他の如き現に物

品の取引も盛に行はれて他の地方と同樣に視る可らず一日の延引は當業者に一日の迷惑を

掛くるものにして實際に不便不利を蒙らしむること少なからざる尚ほ其上に今日までの出

願は三十何個處なれども目下出願の用意中に在るものも多きよしなれば今後はますます

加して五十六十乃至は七八十個處の多きに及ぶやも知る可らず然るに其多數の出願に對し

一々取調べたる後に非ざれば許す可きものも許さずとありては到底當業者の堪ゆ可き所に

非ず左れば現在既に必要と認められたる塲所は其塲所に限りて先づ取敢へず許可を與へ其

他は取調の上にて徐ろに許否を决すること順序の得たるものなる可し且その許可の期日餘

りに延引するときは出願の委員輩が府下に滯在中運動費など稱して無uの金を費し又候種

種の風説を傳へらるゝなどの不體裁なしとも云ふ可らず正當に許す可き出願に對しては一

日も早く認可の指令を與へんこと我輩の希望に堪へざる所なり