「中央停車塲の敷地を豫定す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「中央停車塲の敷地を豫定す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

中央停車塲の敷地を豫定す可し

府下に中央停車塲を設るの可否得失に就ては今更に喋喋するを須ゐず朝野の議論恰も一决して現に市區改正の當局に於ても右の設置を心當に丸ノ内の地所をば取除けて計畫しつつありと云ふ既に然る上は我輩は一日も早く其筋にて着手あらんことを希望する者にして其所謂着手とは〓て急に建築を起工せよと云ふにはあらず丸ノ内には一個人の私有に屬する地所もあり官廳もあり亦道路もありて性質同じからずと雖も一旦便宜の地と認めらるる上は之を取纏めて一區域と爲すに差したる困難もある可らざるが故に其邊の談は兎も角もとして是れぞ停車塲の敷地なりとて何萬何千坪の地所を豫定して公然標示するは最も急要の一事なり即ち我輩の急ぐ所にして何故なるやと云ふに中央停車塲とは文字の如く鐵道の中心たる可きものにして中心未だ一定せざるときは之が枝脈たる可きものも自から其途に迷はざるを得ず今彼の甲武鐵道を延長して府下三崎町に引致せんとするあり或は電氣鐵道を敷設せんとするあり又聞く所によれば市内巡回鐵道なるものを計畫するもある由にて是等は何れも直接に中央停車塲に關係するものにてありながら其停車塲は唯聲のみにしていよいよ何れに設置せらる可きや今猶ほ未定なりとは不都合の甚だしきものなり假令ひ其中央の工事は幾年の後に成るにもせよ塲所は慥に此區畫標示の處なりと確定したらば各種の鐵道企業家も之を目的としてそれそれ設計の心得ある可きなれども唯今日の如く漠然たる計りにては自家の進退を决するに由なく止むを得ず目下一時の便宜に從て設計するの外あらざれば其設計通りに事を成したる後に至り中央停車塲は此處なりと突然發表するが如きあらんには之が爲めに無限の不都合を生じて折角の勞費も或は無益に歸するもの多かる可し單に企業家の私のみならず全般の爲めに謀りて不利の大なるものと云ふ可し又他の點より視れば地所の所有者とても未だ確定せざる中央停車塲の設置を心待して空しく其使用を差控るが如きは經濟の許さざる所なれば後日の事は後日の談として着着家屋を建築する等これが利用に怠らざることならんなれば既に高樓大厦を築きたる後に於て扨中央停車塲の敷地となす可きに付き俄に之を取拂はんと云はば其時には既に種種樣樣の利害情實を生じて賣る者も迷惑なれば買ふ者も損毛なり建上げたる家屋を取毀して何程の價もなく俗に云ふ二束三文のみならず若しも其建物が煉瓦造りにてもあらば巨萬の金を投じて瓦片を買ふに異ならず左りとは其筋に於て無益に高價を拂ふのみか國家の經濟に照して失計至極の沙汰と云はざるを得ず既に各種の企業家をして其方向に迷はしめ又國家經濟の爲めに空しく算外の損毛を致す其元はと云へば早く停車塲の敷地を豫定せざるが故のみ且つ其敷地とても議論區區一决せざるものならば自から斟酌す可き邊もあれども廣き東京市中洵に中央停車塲の敷地として格好なる所は丸ノ内を措きて他に多く見ざる所、否な何人も心に認定して怪まざる所なるに當局者は何を苦んで遲遲决せざるや故に我輩は實地の工事は暫く云はず丸ノ内に未だ左程の建築を見ざるこそ幸なれ敷地となす可き地所を豫定する樣一日も早く着手あらんこと切に勸告希望する者なり