「・米國の關税問題」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「・米國の關税問題」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・米國の關税問題

米國の國會は此度シヤーマン法を廢して茲に一先づ金銀問題の始末を附けたれども尚ほ同國に取りて之にも劣らざる一大問題の當開期中に決定せざる可らざるものあり即ち關税改革の一時是れなり蓋し金銀問題は全く政黨の爭に關係なく共和黨の人も合衆黨の人も唯自家一個の意見に從て或は金本位を主張し或は銀論に左袒したることなれども之に反して關税の改革は純然たる政黨問題にして三十年來合衆黨は常に内國の製造業を保護するが爲に輸入税を高くするの必要を説く其一方に共和黨は頻りに自由貿易の利を唱へて關税の低減を主張し大統領又は國會議員の撰擧ある毎に必ず此問題の起らざることなき程の次第なりしかども南北戰爭以來米國の政界には合衆黨の勢力盛にして大統領の撰擧に勝を占るは勿論、國會に於ても多數は常に同黨の議員なるが故に百般の事みな合衆黨の欲するまゝに擧行して憚る所なく關税の如きは法外に之を高めて遂に北米合衆國をして世界一の保護國たらしむるに至れり千八百八十五年の撰擧にクリーヴランド撰ばれて大統領と爲り國の政權、久し振にて共和黨の手に落ちたれども當時上院に於て合衆黨の議員多數を占めたるを以て關税改革の事は遂に實行せられずして已み其後ハリソンの大統領と爲るや國會は有名なるマツキンリー法を議決し既に高き海關税をば尚ほ一層高くして全世界の耳目を驚かしたり然るに昨年の撰擧に共和黨は再びクリーヴランドを推して候補者と爲し其宣言書中に公然關税改革の必要を唱へ此一事をば最も重要の問題と爲して以て合衆黨と勝敗を爭ひたるに當時米國人民の多數は既に過酷なる關税法を厭ふの情を起したるものと見え撰擧の結果は共和黨の大勝利と爲りクリーヴランドは非常の多數を以て大統領に當選したり又今年は單に行政權の共和黨に歸したるのみならず上院に於ても下院に於ても該黨の議員多數を占るを以て此度こそはクリーヴランド一派の人も其思ふまゝに關税を改革するの機會を得たるものと云ふ可し然りと雖も共和黨が關税の低減を主張するも決して輕率なる自由貿易を行はんとする者にあらず現にクリーヴランドの候補承諾書中にも「我關税を整理するに當りては必ず諸般の製造業に從事する勞働者の利害を重んじ又我國製造事業の保存を謀る可し」云々の言あるを見れば今日共和黨が政權を握りたればとて明日より劇しき減税を行ふて米國の經濟社會に大騷動を起さしむるが如きは先づ以てあるまじきことゝ信じて閒違ひなかる可し左れば此問題に付て我國の貿易に最も直接の影響を及ぼすものは絹織物に係る輸入税の改革にして若しも大に之を低減することゝもならんには米國の絹布製造業は之が爲めに一時非常に衰退するは必然にして其結果として我國第一の輸出品なる生絲の捌方に容易ならざる影響を及ぼすは是れ又疑ふ可らず我國實業者の須らく大に注意す可き所なれども元來絹布類は都て奢侈品の中に數へられたるものなるが故に假令ひ今度の改革に際するも非常なる減税の恩典に浴することは叶はずとの説あり信ず可きが如しマツキンリイ法實施の前に絹布類の税率五割なりしを當時進めて六割と爲したるものなれば此度舊の五割までに下げらるゝは無論或は尚ほ多少の減削を受く可きや否や凡そ其邊の事ならんと豫想して大なる相違なかる可きか兔に角に我輩は今後最も注意して彼の國會議事の模樣を探り之を讀者に報道するを怠らざる可し