「議塲の體裁,敵なきに戰ふ,輕卒、卑怯,自尊、自重」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「議塲の體裁,敵なきに戰ふ,輕卒、卑怯,自尊、自重」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

議塲の體裁,敵なきに戰ふ,輕卒、卑怯,自尊、自重

議塲の體裁

渦形をなしたる議席の構造は至て妙なれども議員の席次を定むるや黨派に據らずして抽籤なるが故に自由黨員の傍に改進黨員あり國民派の人々、同盟派の面々參差交錯して不案内の者は席次表により頻に詮索すれども猶ほ彼の論者は何れの黨員にして議塲の大勢如何に傾き居るやを辨識するに苦むの常なり體裁既に混雑なる上に粗忽突飛不熟練の人も少なからざるより議事動もすれば亂に流れ殊に可否を採決するに當ては起立を見て黨派の向背を徴し難きのみならず議長が之を認定し又算用するにも容易ならずして止むを得ず指名點呼に時間を空過すること毎度なるが如し英佛諸國にては議席を定むるに黨派によりて別てり我國にても既に夫れ夫れ黨派ありて無所屬の議員極めて少數なれば黨派別の方法を實行する敢て難しとせず然るときは上記幾多の煩雑不如意も稍々以て減ずるに足らん乎一言に表すれば佛蘭西議會の幼稚なるが如くなれども議員諸氏は葢し英國議会に企て及ばんと欲するものならん唯今日の調子にては其期望の前途甚だ遠きを歎ずるの外なし

敵なきに戰ふ

同じく立憲議政の會塲に於て東西著るしき相違の變態は我議員が敵なきに論戰すること是なり議長あり書記官あり議員あり傍聴人あり一塲の諸道具は打揃へども獨り政府委員席は寂として人影を見ず恰も春日に花なく秋夜に月なきが如く宇内立憲國の多き我帝國議會に似たらんものはある可らず英國の議院にては一日の議論を大別して民聲三四分官聲六七分なるを常とすれども我國にては官聲一二分民聲八九分と云ふも不可なきが如し抑も立憲治下の在朝派は國政の設計者なれば隨て説明の責あるは勿論これを賛否す可き議員の質問に對しては復た再疑なからしむる樣明辨す可き筈なるに過半は一塲の挨拶に過ぎざるが如し窃に怪訝に堪へず概して質問は言葉短くして説明の長きに渉るは言論の常例なれども我議會に於て政府の答辨と議員の質問とを比較すれば質問者は其旨意の平夷にして何人にも解し易き事柄さへ理由説明として冗長の辨論を費やし政府の之に答辨する所は多くは簡單無味にして甚だしきは半片の短文を以てすることあり葢し時として言葉尻を隱さん爲めの要用に出づるならん歟なれども左りとは和協の旨を離るゝものにして冗辨する者も明答せざる者も共に一種の病として見る可し要するに議員が多く敵なきに戰ふの奇觀は政府の超然主義より續發したるものなる可し。

輕卒、卑怯

議事の輕忽なると荘重なるとは即ち空議と實着との岐路と看做して可ならん予が傍聴したるは舊臘十八日の議會にして當日は彼の官紀振粛の上奏文に對し未だ何の沙汰もなしとて内閣員に自から處決を促すの緊急動議ありし日なり始め上奏案の議事あるや頗る咄嗟に決了したる由に聞及びしが今また此動議に付ても提議者は唯用語の過激なるのみ唯一通りの旨意を陳べて降壇したる後一人の質疑反駁もなく數分時ならざるに議長は手輕に採決を起立に問ひ一瞥して多數と宣言したり誰か其無造作なるに驚かざらんや歐米の議院にては苟も内閣大臣に處決を促すが如き塲合に當ては必らず充分の討議を悉し其決を採るや一々指名點呼を以てせざるはなし我議會の如く大事を議するに簡易なるは殆んど比類なき珍事なれば予は其次第を一二の政黨員に尋ねたるに若しも指名點呼するときは或は憚る所ある議員もありて多數を得ること覺束なし即ち單に起立に問ふ所以にして亦民黨の一策のみと言、信ず可らずと雖も萬一果して左もあらんには言語道斷沙汰の限りにして起立ならば一國の内閣を彈劾し指名ならば敢てせずとは抑も何たる醜態ぞや歐米議員は之を卑怯として最も賤むのみならず我國にても士君子は申すに及ばず市井の無頼も猶ほ且つ屑しとせざる所豈獨り議員に於て之を許さんや時事新報記者が官紀振粛よりは先づ會紀を振粛せよと漫言したるもの葢し漫言として看る可らざるなり

自尊、自重

官尊民卑の弊習は今猶ほ脱せずして議會と政府と衝突ある毎に動もすれば其端を示し政府は大政府の迷想を以て措置せんとすれば議會は之を尋常視して敢て其威嚴を保たんともせず例へば上奏又上奏の如き之を皮相すれば粗暴過激に似たれども其實俗間にも間々ある如く弱者が強者に窘められて其意を伸べ難き塲合に當り他の長者に哀訴して其助力を假らんとするに均しく醜態見るに堪へず如何となれば上奏の事件たる一も宸聴を煩はし奉る可き事柄にあらず正に院内の決議として表明すれば足るものなり葢し議員自から院議に重きを置かざるの致す所にして慣習相傳へますます議會の威嚴を損傷することならん歐米諸國に於て院議の重き殆んど勅裁と擇む所なきが如きは豈一朝の故ならんや左れば今後の議會は毎時慎重を旨とし黨議と雖も非なるものは之を改め政府案と雖も是なるものは之を賛して彼の上奏等の手段に依頼するを止め院内何となく敬重す可き風儀をなさば院議の重きこと必らずや泰山の如く内閣の責任も茲に至りて復た漠然たること能はざる可し立憲政治の根柢始めて成るものと云ふ可し凡そ人自から重んぜざれば他も亦重きを置かず孱弱なる今の政府何の幸ぞ猶能く立つことを得るや輕浮なる議會のあるありて之が地歩をなさしむるのみ