「税權回復」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「税權回復」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

税權回復

の語を聞くや久し近頃に至り條約改正談と共に又もや論者の囂々する所となりしが其所謂税權回復とは抑も何事を意味するや明白なる定義は我輩の未だ知るを得ざる所にして或は貿易の課税は國の主權に存することなれば條約によりて羈束せらるゝは不都合なり宜しく自國の勝手に制定す可し即ち米國の如くなる可しと云う者あるかと思えば又或は今日の關税條約たる我國にては締盟國の認諾を得るに非ざれば一切これを改正すること能わざるに引替へ彼に在ては特に關税條約を約したる國に對する外、都て自國の任意に制定するを得ることにして日本に對しては實に片手落の沙汰なり即ち日本に對しては偏務の契約を實行するものなるゆゑ今この偏務を改めて〓務のものとなすは即ち税權の回復なりと唱えるもあり蓋し〓意制定の〓は一應理あるに似たれども國の利害得失に稽え自から承知の上にて條約の羈束を受るは毫も主權に妨なきのみか互いに〓意に制定して税率に何時如何なる變動あらんも知る可からざる樣にては貿易上彼の我に對して不安心なると等しく我も彼に對して不安心の限りなれば條約により或る期限の間互に一定して動かさざるを約束するは實際に於て肝要なり且つ論者は輸入品に課税する一方を見て我輸出品が外國に至り課税せらるゝ塲合をば恰も度外に看過する樣なれども若しも我〓意なりとて大に輸入税率を高くするが爲め其返報として外國にても亦我輸出品に重税を賦課するか若くは他の諸國には輕く我國に對しては特に重くする等のこともあらば輸出貿易上容易ならざることにして彼是思い合すれば或る期限を定め條約を以て約束するは寧ろ貿易の爲め大切の條件にこそあれ是れ即ち米國を除く外、歐洲諸國間にはいづれも關税條約の定めある所以にして天下誰ありて之を主權の瑕瑾と認むる者なし唯その條約を定むるに當り前記の如く偏務のものとなすは不利不都合の大なるものなれば〓務論者の所〓こそ所謂税權回復論の眞意として〓る可き歟至極尤もの談にして政府の當局者とても恐くは異存なかる可し如何となれば先年大隈伯の條約案にも關税條約に就ては特に大に注意を加え殆ど對等を期したる〓とにして〓往かくの如き上は今後更に進歩す可きも退却す可き筈なければなり條約改正も噂の如く現に進みつゝあるものとすれば關税條約に偏務を〓務と改むるが如きは想うに必然ならんと敢て信ずる所なれども其邊の〓〓を憶測するも詮なければ暫く〓き所謂税權回復の論旨が果して我輩の解釋に相違なくんば〓務的に關税條約を締結する要用は〓に認めたるものにして之より講究す可きは唯その税率の高低如何に在るのみ然らば則ち之を税權回復と云わんよりは寧ろ税率改正と稱して適當なる可し税權回復とは果して税率改正の意味なりとすれば此事は國家の權利問題に非ずして重に經濟問題に属するものなり扨經濟の實地に於て輸入品に對する今の關税を高くす可きか低くす可きか又如何なる物品に重くして如何なる種類に輕くす可きか或は平均五分を標準とす可きか一割二割とも定む可きか抑も税率の高低は輸入をして容易ならしめ又〓澁を見ることならば其〓澁なるは果して國家の利益なるや貿易の不振と關税の〓入と差引して何等の損得あるや又或は商賈上に損しても工業上に益ある可きか益あらば何々の事業に益ありて幾〓の商利を傷く可きや損あらば凡そ何れの邊に率を定めて適當なるや等一々問題を掲げ來らば蓋し論者の未だ講究せざるものも多々ある可し此等の問題の〓定せざる限りは税率改正は容易に云う可からず否な、斯る重要の問題ありて大調査を要するにも拘わらず税權回復税率改正等僅に四字程の標〓を樹て輕々に國家の大事を論斷するは我輩の甚だ感服せざる所にして先づ第一に論者の注意を望まざるを得ず、知らず論者は右の如き委細の事は第二に置き兎も角も彼の偏務の條約を〓務のものと改むるを得ば税率の如きは當分今日の儘にても不可なしと云うか、若しも然らんには條約改正の進行猶未だ詳かならざる折柄何人も其偏務なる可きや双務なる可きやを知らざることなれば國民は唯希望を述ぶるに止まりて實地の運びは外交當局者の伎倆を傍觀する外なかる可し之に反して單に一小部分の恢復に止まらず關税條約全體に付て大に意見を定めんとするに於ては是非とも以上の調査なくしては叶わざることなり且つ此事たるや前に云う如く權利の爭よりも寧ろ經濟に關する損得の問題なれば之を〓するには先づ東西洋貿易上の大勢を〓察して永遠の方針を考えざる可からず例えば我日本國は永く農業國に止まる可きや又は終に變じて工業の國たる可きや或は又純然たる航海貿易商賈の國たる可きや凡そ其邊の大本を論定して目下差向きの處にては金貨騰貴の變動もあり〓國金融の緩急よりして事業の盛衰もあり是等は都て關税の制定に就て取捨す可き重要の箇條なれば關税條約の調査は一朝夕の勉強を以て滿足す可きに非ず税權論者も次第に空論を去て實際に近づくに從い歩歩次第に事の易からざるを發明することなる可し

序に言う可きは我國にて關税條約の外別に普通海關税法を制定する一事なり今我國には無條約國との貿易至て少なく偶々これあるも其貿易に從事する者は日本人にして亦假令ひ本邦人ならざるも或る條約國に對する税率に照して徴〓するが故に普通法なければとて敢て事實に不都合なきが如くなれども基本邦人に對する法令と云えば唯舊幕府時の法を適用し又無條約國人に對しては全く慣〓によるのみにして不完全の嫌あるのみか萬一今の條約國に對しても關税條約の無効に歸するか或は成立せざる塲合もあらば普通海關税法を適用せざる可からざる譯にして之を制定する必ずしも無益ならずとせば世の論者も亦これが爲めに研究する所ありて自から關税條約に對する智識を得ることもあらんか聊か參考に供するものなり