「官設鐵道拂受の計畫」
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時事新報に掲載された「官設鐵道拂受の計畫」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
官設鐵道を政府より拂受けて一方には從來の規模を擴張し一方には未成線路の速成を謀り日本の鐵道事業をして社會の進歩に伴はしめんとの計畫あるよしは過日の雜報にも精しく記したる如くにして資本の概算を聞くに既設線路の買受代三千六百萬圓、改良の爲め複線の敷設、車輌の増加、停車塲の擴張費等、一千四百七十萬圓、新規の敷設費四千八百五十萬圓、合計凡そ一億萬圓にして現在官線の收益は七朱餘に相當すれども此計畫に從へば資本總額に對して凡そ五朱の割合なる可しと云ふ而して右の計畫には別に發起人と云ふ可きものもなく此程より實業社會の有力者中に其説を生じて世間に之を賛成するもの少なからず傳へ又傳へて意見に意見を加へ遂に設計やうの形を成したるものにして何れ遠からず發起人も定まり詳細の計畫を立てて出願の運びに至ることならん本來事の思付きは有力者の間に出でたる者なりとは云へ其人人の考は甚だ淡泊にして自家の營利の爲にせんとするに非ず一億の資本、これを三五名の富豪家にて引受くるは敢て難きに非ざれども斯くては社會公共の事業を少數者の手に專有するの姿にして甚だ面白からず本來の目的に反するものなればとていよいよ出願の運びに至るまでには非常に發起人の數を多くするのみならず其株の如きも一人にて多數を所有することを避け例へば資本金一億萬圓を一株百圓に分ちて都合百萬株とすれば一人に付き一株づつ所有せしめ百萬人の株主を募集するが如き趣向として富豪有力者は唯その事を發意したるのみにて自から株主と爲らざるも宜し或は都合に任せ之を引受けても苦しからずとて其邊には特に重きを置かざるものなりと云ふ扨官設鐵道の有樣を如何と云ふに數年前までは私設鐵道に比すれば百般の容易頗る整ふて寧ろ充分に過ぎたるやの世評もなきに非ざりしが近年來商賣實業の發達進歩は運輸交通の繁劇を致して鐵道の乘客貨物非常に増加し今日の儘の仕組にては實際運搬に容易ならずして隨て苦情も多きのみか此割合にますます増加して明年にも至らば鐵道の當局者が如何程苦心しても到底力に及ばずして乘客も荷物も謝絶するの外なかる可しと云ふ斯る事相を來したるは民業の進歩と官設鐵道の進歩と兩兩相伴はざるが爲めにして當局者に於ても其邊に心付かざるに非ず例へば東海道の線路を複線と爲し車輌の數を増加し停車塲の規模を擴張するが如き目下の急にして其事甚だ易く今日の有樣にては收支の計算も明に立つことなれども如何せん官の事業は會計法の規定に據らざるを得ずして官線の收入の如き如何に利益あるも其益金は一厘一毛の微も一切國庫に收めて事業の擴張に使用するを得ず苟も擴張費とあれば特に之を歳計豫算に算して議會の承諾を求るの成規なるに議會は例の通りにして豫算の成立さへも甚だ覺束なきのみか假令ひ或は成立するも政治一偏の議論流行の議會に於ては擴張費の如き到底通過の望はある可らず發議するこそ寧ろ野暮なれとて差控え居る次第なりと云ふ左れば當局者とても决して今の儘にて滿足するに非ず實際當惑の有樣は外より見ても氣の毒の至りなれども左ればとて自然の成行に一任するときは到底擴張の見込はなくして乘客貨物はますます増加して山を成すも之を運搬するの道を得ず一般人民の迷惑は申す迄もなく之が爲めに商賣實業の發達を妨ぐる其影響は國家經濟上に於て决して看過す可きに非ず左れば今度の計畫は此邊の事情止むを得ざるに發したるものにして當局者の反對のなきのみか却て其所望なりと云へば議會に於ても異議はなきことなる可し本來鐵道事業の如きは政府にて營業す可き性質のものに非ず或は政府の營業にても着着歩を進めて甚だしき不便も見ざれば恕す可しと雖も前述の如き事情にて到底望なき上からは民間に斯る計畫あるこそ此上もなき幸なれ速に其出願を許して之を實にせしめんこと我輩の敢て勸告する所なり或は一億圓の金は小額に非ず今の日本の富實は之を辨ずるに難からずとするも斯る大金を鐵道の資本に固着せしむるときは社會の金融上に一大變化を免る可らずとの掛念もあらんかなれども我輩の所見を以てすれば决して其邊の掛念なしと云ふ理由は外ならず政府が鐵道を賣り一億の金を落手して其處分を如何す可きやと云ふに目下別に使用の目途もあらざれば差當り公債償還の策に出ることなる可し左れば結局を云へば民間にて公債を所有するものは政府より償還を受けたる其金を鐵道の資本に投ずるの順序と爲り一億の金は唯官民の間を循環するのみ金融上には毫も變化を呈せずして事の圓滑なる可きは我輩の慥に保證する所なり