「護郷團體の組織」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「護郷團體の組織」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

護郷團體の組織

今や日清間の戰爭漸く闌ならんとするに當り我國民の敵愾心はますます奮起して底止する

所を知らず或は説を爲して曰く正々堂々の師を以て彼に臨むは自から文明の戰にして素よ

り希望する所なれども敵國の擧動を見れば全く無法亂暴にして或は無辜の婦人小兒を捕へ

て掠奪を恣にし或は故らに食用品の輸出を禁ずるなど到底文明流の正則を以て遇す可き相

手に非ず彼に於て然るときは我も亦相應の手段を以て之に對するは正當の處爲にして敵を

苦しむるの一段となれば自から其衛に乏しからざる中にも冐險、死を怖れざるは日本人の

特性にして殊に國家の爲めとあれば如何なる危險も辭する所に非ざれば兵役に關係なき國

中の壯丁を以て一團の義勇隊を組織し不用に屬したる軍艦か若しくは商船に乘組ましめ開

港塲に非ざる敵國の海岸を所嫌はず荒れ廻りて彼の商船なり積荷なり手當り次第に捕獲し

去り又は防禦の用意手薄き塲所を見れば直に上陸して内地に侵入し彼の大兵到るときは忽

ち去りて更に他の塲所を侵す等、恰も明末に於ける和寇と同樣の擧動を演じたらば敵國の

政府も忽ち内顧の患を生じて其力を一にすること能はず彼の軍略に齟齬を來して日本軍全

勝の機會を速にするに至る可しとて熱心に論ずる者なきに非ず我輩の所見を以てすれば其

策たる决して無益の計畫に非ず時宜に據りては或は海上捕獲法の實施等自から其機會もあ

る可しと雖も今日の塲合に於ては遠く敵國を侵すよりも寧ろ國内防禦の手段を講ずるこそ

必要なる可しと信ずるものなり抑も支那の國境は二面に海を控ゆるのみなれども日本は四

面環海の國にして如何なる方面より敵の來襲を受くるやも知る可らず或は彼の軍艦は我艦

隊の勢力に畏縮して渤海の灣内に蟄伏し一歩も外に出ること能はざる始末なれば日本の海

岸を侵すなどの心配は萬々ある可らざるが如くなれども戰の勝敗は時の運にして如何なる

不慮の失敗も圖る可らず殊に彼の南洋艦隊は福州の邊に在りて北方の戰爭に加はらざるよ

しなれば其運動は自由にしていつ何時來襲せずとも斷言す可らず我國には自から海陸軍の

備ありて海岸の防禦も等閑ならざるは勿論なれども目下外征に忙はしき折抦、萬一不意に

敵の來ることもあらば火急の塲合、自然に手廻り兼ぬる其間に一時海岸附近の地を掠めら

るゝことなしとも言ふ可らず殊に其敵は暗黒無法不仁不義の支那人にして非常の亂暴を逞

ふすること必然なれば苟も日本國中にて海に瀕する地方の人民は老幼婦女を保護し兼て

銘々の財産を守るの目的を以て護卿の義勇團體を組織し萬一火急の塲合には海陸軍を待た

ずして自から敵を防ぐの用意肝要なる可し或は義勇兵の團結に就ては過般の詔勅もあれば

護郷兵の事も如何あらんとの掛念なきに非ざれども彼の詔勅は先頃來各地にて義勇兵を團

結し從軍を出願するもの少なからざるよりして特に發せられたるのみ我輩の所謂護卿團體

は萬一の塲合に自から護るの目的にして從軍云々を希望するものに非ざれば决して差支は

ある可らず目下の形勢に至當の處爲にして政府に於ても異議なきことならんなれども其團

體の組織に第一の必要は兵器にして是れは人民の私に辨ず可きものに非ざれば其筋に請願

して不用の銃砲を借受くるなり拂受くるなりして其用に供す可し或は兵器を人民に授けて

國中に幾萬の私兵を組織せしむるは危險なるに似たれども今日國家の大事件に際して苟も

異圖を企つるが如き者は國中に一人もある可らず日本國民の忠義心を抵當にして何人も疑

を容れざる所なり政府に於ても充分安心して私兵の組織を自由ならしむること目下の塲合

に適當の處置なる可し