「海上の運動」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「海上の運動」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

黄海の一戰敵の艦隊の大部分を破壊したるに就ては今後更に一二の海戰を經て彼の海軍力を全滅せしむるは敢て難きに非ず斯る上は海陸力を合せて旅順口、威海衛の要處を占領して渤海灣を封鎖し陸兵を上陸せしめて北京に侵入するの順序なれども天候塞を催ほして堅氷海を鎖し海陸の聯絡困難を感ずるに至るときは或は北京侵入は明春を期して占領地に冬籠りの用意を爲すに至るやも圖る可らず果して左る塲合には海軍は如何なる職務を盡す可きやと云ふに其冬季の聞こそ最も海上の運動を要するの時なる可し抑も戰爭の遲速に就て彼我の得失如何と云ふに速戰は我國の利〓なる其反對に時日の遷延は彼の利たるや疑ふ可らず彼の海軍は〓に戦闘力の半を失ひたるが故に海戰は最早や望みなしとして其頼む所は陸上の兵備のみなれども彼の陸軍の不整頓なる一たび常備の兵を派出せしむるときは其後を補充するの兵員は臨時に募集する程の次第にして兵器弾薬等諸般の軍需の如き素より平生の準備あるに非ず事に臨んで遽に製造するか或は他より買入るゝものにして瞬間の急に應ずるを得ず彼の幾萬の兵勇と稱するも只是れ赤手の流民乞食にして毫も恐るゝに足らざれども冬季の間に我運動自由ならずして一時對陣の有樣を呈するときは外より軍需を供用するの便を得て恰も戰爭の準備を整ふるの時間を彼に與ふるに異ならず此點より見れば冬季間の對陣は實際我軍の不利に似たれども扨彼の軍需の供給を仰ぐは何れの方角よりするやと尋ぬるに實際北方の地方に於て製造するものは僅々の數にして其他は種々の方便を以て南方より仰ぐの慣行にして南北運搬の便は專ら海路に由るが故に一たび其通路を鎖さるゝときは非常の苦痛を感ぜざるを得ず此塲合こそ最も我海軍の運動を要する所にして即ち一方に於ては聞く直隷灣を封鎖して之を通過する船舶は如何なる種類のものにても嚴重に檢査して全く徃來を〓〓すると同時に一方に於ては速力快〓の巡洋艦をして南方の海上を〓〓せしめ或は必要の塲合には海岸に上陸して土地を占領することもある可し以て支那海の權力を全く掌握するときは彼は〓に北海を封鎖せられて軍需を得るの道を失ふ其上に南方海岸の根據と頼む所は散々に打荒らさるゝのみならず日本兵はいつ何時いづれの邊に上陸するやも圖る可らずとあれば忽ち後顧の患を生じて周章狼狽出づる所を知らず明春を待たずして自から屈するの外なかる可し或は冬季に至らざるも一戰再戰彼の海軍の全力を盡すの日には我海軍の運動は多分この方向に出づることならんなれども其邊の事は自から當局者の計畫に存することゝして之を〓き序ながら爰に我輩の希望を述ぶれば今度の戰爭にして若しも冬季の間に經續することもあらんには彼の義勇艦隊を組織して敵地を侵略せしむること必要なる可しと信ずるものなり我海陸軍の勢力は素より充分にして最後の目的を達するに差支なきは勿論なれども若しも北方の攻撃のみにして局を結ぶこともあらんには南方の人民の如きは恰も之を他國の事と見て痛痒相〓せざるのみか日本人の技倆を眼前に目撃せざるが故に自から其〓〓を悟るの機會を〓ずして事平らぐの後にも依然我國を蔑〓して毫も悔悟の實を見ざることならん今回出征の目的は單に彼政府の罪を糾すのみに止まらず世界の文明の爲めに彼の四億の人民の迷夢を醒し四百餘州の未開を開かしむるに在りとすれば北京政府の謝罪降服のみにては實際に目的を達したるものに非ず我輩の甚だ遺憾に思ふ所にして戰爭の永續こそ好機會なれば其間には義勇艦隊の組織を自由にして南北いづれの地方を問はず到る處の海岸を砲撃し又は土地を占領して日本人の腕前大に畏る可きの實を示し充分に彼等を懲戒するは今後永久の爲めに決して無〓の勞に非ざる可しと信ずるなり