「軍事公債募集の首尾如何」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「軍事公債募集の首尾如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

軍事公債募集の首尾如何

今回五千萬圓の公債募集に付き其應募如何は世人の注目する所にして〓の〓の〓あり先度三千萬圓を募りしときに之を應ずるものは七千萬圓に經〓したり畢竟國民の愛國心に出でたる結果にして今回とても同樣、世間の人氣は必ず宜しからん殊に五千萬の募集には最低價格を九十五圓とまで引下げたるが故に利益の點より見〓る隨分見〓なきに非ず又その筋より銀行者等へ懇談もありかたがた今度の募集も上首尾ならんと云う者あれば又一〓は之に反して云う曩きの三千萬の募集は開戰の初め人民は何等の條件なしに軍資の一部分をも義捐せんと云うほどの熱心を催ほしたる其時に際して公債募集の事を持出し恰も義捐の代りに公債を買へと云わぬばかりの意氣〓にて人心を引立たるが故に意外の好結果を見たれども世間の資本家は〓に其義捐代りの公債を買いたる上に尚ほ自分の誠心を表するに足らずと思う者は樣々の法を以て或は金を献じ物を寄附する等夫れ夫れ應分の力を盡し今日も其盡力最中にして人々の表誠は人々に由りて一樣ならざることなれば其人心を引て公債の最低價は九十五圓なるが故に利益の點より見〓みありとは迂〓なる考にして實際は却て應募の不利益を示すに足る可きのみ物を賣る者が從前の定價百圓の内より五圓を減じて九十五圓と觸出すときは買人は早く其先きを見越し此樣子にては今後の募集には尚ほ五圓十圓を減ずるか又は五分利を六分にすることもある可しとて應募に躊躇するのみか新に募に應ずるは扨置き從來持合せの整理公債を賣〓けんとて其一方に志すことならん尚お其上にも東京などにては大丈夫と稱する大銀行にして年利五分五厘より六分利を以て預金を廣告する者あり世間の資本家にて若しも私金の用法なきときは將來の見〓み乏しき公債を買うよりも時〓を待つ爲め暫時銀行に預金して五六分の利子を取るこそ割合も好くして且つは安全の謀なれ公債應募の話は先ず以て耳に入らざることならん又その筋より銀行者其外へ懇談とは此際國家の爲め他に率先して應募に盡力せよとの意味ならんなれども前に言う如く愛國の表誠は人々の心の中に存することにして日本國民誰れ一人として國を思わざるはなし他人の懇談を待たずして盡す所ありと雖も愛國は愛國なり商賣は商賣なり〓して混同す可き性質のものに非ず左れば今銀行者に向て五分利の公債募集に應ぜよと云う其銀行者は目下年利五分五厘乃至六分の割を以て公衆の私金を預る者なり五六分の利子を拂いて他人の金を借用する者が五分利を利するが爲めに政府に向て金を貸す〓理はある可からず〓んや公債證書を所有すれば時價下落の危險あるに於てをや苟も銀行者にして物の數を知る限りは今後の募集に就ては只管遁れんことを謀るのみにして〓んで應ずる者は一人もなかる可し

以上の兩〓孰れか中たる可きや今日は明言し難し前〓の如く募集、上首尾なれば誠に目出度しと雖も或は之に反して不如意に終ることもあらんか左りとは體裁も面白からざる次第なれば何れ日本銀行の心配する所と爲り或は銀行が直に何千萬圓の募に應ずるか又は公債を引受けたる者に限りて特に金融の便利を貸すか、如何ようにもして募集の全局を結了せしめざるを得ず然るに中央銀行は無盡藏に非ず殊に今の銀行總裁は經濟の主義に明にして理事に頴敏なるのみならず其執る所を執て屹然動かざるは恰も其天稟に存して頗る堅固なる人なれば一時の方便に例の〓換券〓發などの窮策は行わざるのみか思付きもせざることならん然るに實際には金を要して金なしと云う之に處する法如何す可きや我輩の所見を以てすれば唯貸付金の利率を引上げ又彼の擔保法をも徐々に其範圍を狭くし其抵當價格を低くして次第次第に中央に資金を吸〓する外、手段なきを信ずる者なり中央の金利昇騰すれば他は風靡して之に從い其影響は自から商賣〓會に及ぼして一時の變相を呈することもある可し誠に願わしからぬことなれども畢竟軍國の變に伴う經濟の波瀾なれば免がれ難き〓命なりとして觀念する外なきものなり左れば今回の公債募集或は首尾能くして前回の如き好結果を呈することもあらん又或は然らずして其大半は間接直接に日本銀行の負擔に歸することもあらん如何なる理財家も今より之を前言する明なしと雖も其首尾も不首尾も都て商賣上の利害より生ずる所のものなれば之に由て國民の愛國心如何を卜するが如きは我輩の甚だ取らざる所なり資本の利子を求めて集るは水の低きに就くが如し公債募集の結果は單に金利の勢に由て定まる可し此際愛國心の〓動を想像するは事物の性質を區別するを知らずして德論と商論と其分界を混同する不明と云う可きのみ