「銀本位を固守す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「銀本位を固守す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

銀本位を固守す可し

近頃ろ金銀の相塲に甚だしき懸隔を惹起したる原因に就ては諸學者の議論紛々として定まらざれども兎に角に此變動の結果として金貨國の經濟は非常に紊亂して古今未曾有の不景氣を呈したる其一方に於て銀を本位とする國々の商賣工業は更に衰頽の色を示さゞるのみか寧ろ俄に隆盛を致したるもの多きは事實に爭ふ可らず殊に日本の如きは維新以來、只管西洋の文明を輸入して之を實際に應用することを勉めて怠らざりし効驗現はれて百般の工業著しく面目を改め輸出品の種類數兩も年々歳々增加しつゝありし其最中に圖らずも金價暴騰の大變事に遭遇し是れが爲めに内地の製造事業は恰も天然の保護税を得たるものに等しく俄然長足の進歩を爲し高價なる舶來品は到底安き内國製の品物と競爭するを得ずして次第に内地に販路を失ふのみならず今は他の東洋國に於ても西洋の製造品は一般に日本品の爲めに妨げられて賣行頗る宜しからずと云ふ本年二月二十二日の倫敦支那エキスプレッスは「日本の製造品と西洋の製造品」と題して左の記事を掲げたり

右の如く東洋の市塲に於て西洋品が次第に日本品の爲めに販路を狭められつゝあるは疑もなき事實にしてエキスプレツス記者の心配も決して無稽にあらず英國は果して如何なる方策を執て其既に衰へたる商權を回復するの意なるか我輩これを知らずと雖も兎に角に日本人が今日の如く商賣世界に花々しき勝利を得たるは主として銀貨本位を維持したるが爲めなれば今後とても歐米諸國の擧動如何に拘はらず政府は飽くまでも現在の銀制を固守して變ずるなからんこと我輩の切に勸告する所なり