「國民の感情」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國民の感情」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國民の感情

一個人の間に於ける感情は雲烟の眼を過ぐるが如し一時は容易に解く可らざる確執も多少の時日を經れば自然に忘るるのみならず一夕の會合、杯酒の間に積年の怨を消して刎頸の交を結びたるの談もなきに非ず或は執念甚だ深くして容易に忘れざるも人間の一生は僅僅五六十年にして三寸息絶えて萬事休するときは其執念も北■(「亡」+おおざと)一片の烟と共に散ずるのみなれども國と國との關係は全く之と異にして一たび國民の心に銘じたる感状は之を子子孫孫に傳へて永久に忘るることなく長歳月の間には自から盈虚消長の變あれども一旦の機會に必ず之を發するの常にして古代の歴史に九世の國讐を報ずるの談の如き其一例にして决して珍らしからず盖し人は一代の人にして國は千年の國なり一代の怨は一代にして消すれども千年の情は千年にして忘るること能はざればなり之を日本古來の事實に徴するに彼の元寇來侵の一事の如き當時執權者の决斷と我將士の忠勇とに加ふるに不慮の天幸とを以てして我國土を汚さるるに至らずして止みたれども海賊土寇の類なれば兎も角も儼然たる一國の主權者が謂はれもなきに非常の大軍を出し我國に向て敢て呑噬を逞ふせんと試みたる其無禮至極の擧動は日本國人の心に記して决して忘るること能はざる所のものなり其後足利の時代には明國と交通して互に禮意を交換し當時の怨恨は全く消散したるものの如くなりしかども足利を距り織田を経て豊太閤の一統に及び遂に朝鮮征伐の擧あり豊公の征韓は如何なる意志に出でたるや知る可らずと雖も其兵を出すの前、使者を朝鮮に遣はして今度明國の罪を問ふに當り路を貴國に借りたきに付ては貴國は宜しく我が爲めに先導を爲す可しとの旨を申込みたるに彼は之に對して異議を唱へしかば使者は聲を勵まして在昔元軍の我邊境を侵すや之が手引を爲したるものは實に朝鮮なり若しも我指名に從て先導を爲さずんば今回の擧亦必ず汝の舊罪を糾さざる可らずとて大に彼を叱したることあり使者の一言必ずしも豊公の命令には非ざる可しと雖も時に臨んで忽ち元寇の事に論及す我國人が其一事を忘るること能はざる證據にして明韓征伐の一擧亦决して偶然に非ざるを知る可し又近來の事を云へば毎度述べたる所なれども今度の日清戰爭は昨年東學黨の騷動事件より朝鮮國事の改革問題に付き兩國の間に意見を異にして遂に事の茲に及びたるものなり單に此始末より見るときは戰爭の端は偶然に發したるが如くなれども决して然らず明治七年日本が朝鮮の開國を促して通商條約を結びたるより以來、朝鮮に於ける日清兩國の關係成行を仔細に視察して支那が朝鮮所屬云云を口實とし陰に陽に其内事に干渉して間接に日本を辱しめたる事實は如何、朝鮮の出來事に付き我國は支那に對して毎度退譲の地位に立ち年來の辛苦經營を空しく水泡に歸せしめたる始末は如何、然かのみならず彼の水兵が長崎に於て亂暴を働きたるが如き又我保護の〓に在る金玉均が上海の客舍に於て刺殺せられたると〓〓〓政府は〓に其刺客を〓待して軍艦を以て朝鮮に〓〓したるが如き〓〓日本人の感情は果して如何なり〓〓〓二十年來の〓に指を〓し一一心に問ふて心に答ふるときは日清の交際は昨年宣戰の當日までは表面甚だ美しくして一點の波瀾を見ざりしと雖も戰爭の原因は一朝一夕の事に非ず久しき以前より胚胎し來りて一旦の機會に破裂したるの事實を知るに難からざる可し左れば一般の國民が一たび心に銘じたる感状は苟も其國の存在する限り决して忘るること能はざるものにして年月の長短は兎も角も機會到來すれば早晩必ず發せざるを得ず但し之を發するの機會は甚だ微妙にして或は青天の霹靂、人の意外に出ることもあり或は外より見れば機會既に熱するが如くにして容易に發せざることあり其間の機微消息は玄の又玄聞く可らず語る可らず以心傳心ただ銘銘の心に合點して靜に待つ所ある可きのみ我輩は此一段に至りて佛國人民の擧動に感服するものなり千八百七十年獨佛の戰爭に佛國は獨逸の爲めに破られて國王親から敵陣に降服し五十億法の償金を拂ふて平和の局を結びたるは非常の屈辱なりと云ふ可し爾來佛人は一意專心銘銘の業を勵みて勢力の回復に勉めたるの結果、五十億の金は數年の間に償還し盡したるのみならず商賣工業の繁昌は戰爭の以前にも増して國運隆隆旭日の昇るが如く今日に至りては軍備の如きも獨逸に比して寧ろ一等を優るの有樣なりと云ふ普通の考を以てすれば既に斯る勢力を蓄へ得たる上は何は扨置き直に獨逸と戰ふて積年の怨を報ふるこそ自然の順序ならんと思はるれども彼等は二十幾年來念念敵愾の情を忘れざるにも拘はらず容易に復讐の手段に出でずして時としては却て敵を友視し現に今回我國に對する三國同盟などには其敵國と手を携へて事を共にしたるが如き其心事頗る解す可らざるに似たれども茲處ぞ佛人の大に畏る可き所にして敵國たる獨逸の寒心思ふ可きなり吾吾日本人は健忘の國民に非ず一たび心に銘したるものは永久忘れずして必ず發するの日ある可しと雖も其これを發するや漫に小事に發せず大に力を蓄へて大に發するの機會を待つこと佛國人の如くにして他の心膽をして大に寒からしめんこと我輩の切に希望する所なり