「朝鮮の商賣に注意す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「朝鮮の商賣に注意す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮の商賣に注意す可し

朝鮮獨立の一擧は滿世界に日本の侠名を成したり甚だ喜ぶ可しと雖も本來對朝鮮の目的は政治上に其獨立を全ふして西隣の藩屏を固ふし商賣上には其未開を開て貿易の利益を謀るに外ならず而して實際如何を見れば戰勝の餘勢、鶏林八道を震動して日本の威力を感ぜしめたりと雖も貿易の一點に至りては戰爭の前後を比較して未だ著しき相違を認めざるが如し昨年中我國の大軍が彼の地の所在に充滿したる折には諸般の需用非常に多くして一時商賣繁昌の勢を呈し商人の利益を得たるものも少なからざりし由なれども其商賣の實は單に日本人が日本軍對の需用品を目的としたるものにして戰爭の局面次第に北清の方向に轉じ在韓軍隊の數次第に■(にすい+「咸」)ずるに隨て商賣の勢も次第に下火と爲り今日に至りては京城仁川等に於ける貿易の有樣は依然戰爭前の舊に復し毫も進歩の實を見ざる其一方に戰爭中一時引揚げたる支那の商人等は平和の終局と同時に歸來して其數既に千何百人の多きに及び例の如く機敏に立廻りて殆んど舊勢を回復するの有樣なりと云ふ然るに日本人の消息は如何と云ふに戰後在留の人數こそ増したれども其多數は無錢無職、商賣上の考などは皆無なるのみか漫に戰勝の餘光を肩に着て彼國上下の間に出沒し何か爲めにする所あらんとする破落戸同樣の輩なれば彼國人等は之を厭ふこと甚だしく日本人とあれば何れも是種の輩と同一視せられて爲めに信用を損すること一方ならずと云ふ左れば今日の處にては日本は單に義侠の空名を博し空威張して却て朝鮮人に嫌はるるのみ實際には何の益する所なしと云ふも可なり驚入りたる次第なりと云ふ可し既に進んで他の獨立を成さしめたる上は商賣貿易の事に就ても大に計畫を運らして最初の目的を達せざる可らず我國人の宜しく自省す可き所なり

支那の事情を知ること肝要なり

今後我商賣殖産の事業に就て最も注目す可きは西隣の支那帝國なり支那は一衣帶水を隔つる近隣國なるにも拘はらず從來日本人にして其事情に通ずるものは甚だ少れなるが如し遠き西洋諸國の事情は之を詳にするもの多くして甚だ分明なるに反し支那の國情不分明なりとは最も奇なれども自から理由あり即ち彼は鎖國同樣の國にして外國人の内地に入込むは容易ならざる其上に一種特別の老大國にして自國の人さへも國内一般の事情を知るに苦しむ程の次第にして今日までは殆んど世界に別天地の姿を成したれども日清戰爭の結果として恰も全國を開放せしめ既に已に世界商工業の競爭地と成りたる上は外國人等は先を爭ふて事に着手することならん東道の主人たる日本國人たるものは如何ぞ他に一着を讓るを得ん各種の計畫最も急にせざる可らずと雖も國人一般に事情不案内とあれば計畫の實際は兎も角もとして安心して資本を投ずるものはある可らず斯くては事業の盛大を期すること覺束なき次第なれば何は兎もあれ彼の内地の事情を知るは目下の必要なる可し聞く所に據れば政府にては今度上海在勤の我領事に過般の平和條約に由り我國の爲めに開きたる新開市塲の巡回を命じ居留地等の取極を爲さしむるよし本來領事の職分は商工業の取調報告に重きを置くものにして决して容易の業に非ず其道に經驗老練の人物にして始めて目的を達す可し殊に今度の巡回は彼の内地貿易塲の開始第一着手なれば政府に於ても必ず其人撰に注意して果して適任者を得たることならんなれども尚ほ我輩の所望を云へば單に官吏にのみ一任せず特に老練の商人を選みて彼の地に派遣し恊議して事を定めしむるが如きも自から臨機の一法なる可しと信ずる者なり何分にも彼の内地の事情にして分明ならざるときは如何なる計畫も實際に致方なければ政府と云はず人民と云はず特に此點に注意するは貿易上の大事なる可し