「鐵道と電氣」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「鐵道と電氣」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

鐵道と電氣

西洋諸國の馬車鐵道が近來俄に電氣鐵道の競爭に遭ふて敵すること能はず次第に營業哩數を縮少しつつある其状况は毎度時事新報にも記載したる所にして現に電車の流行最も盛なる北米合衆國などにては二三年來馬車鐵道の廢業する者續續絶えざるにぞ是れが爲め馬匹の需用供給に大變動を惹起し其市價次第に益益低落し産馬を以て有名なるケンタツキイ テンネスシイ諸州の牧塲にては馬一頭の價平均僅かに三弗乃至五弗にて賣買せらるるに至り牧塲の持主は何れも非常の損失を蒙りて進退に窮する者少なからずと云ふ右の如き次第なれば馬車鐵道が文明の運輸器として珍重せらるるの時期は最早や疾くに過去りたること多言を俟たずして明なり而して馬車に次て電鐵の競爭に當りたる者は即ち汽車鐵道なれども此二者の競爭に於ても短距離の運搬に電車の便利經濟遙に汽車の上に在ることは數月間の實驗に由て忽ち明白に證明せられ何處に於ても一たび電車の線路を敷設する時は之と並行する汽車鐵道の收入は必ず著しく■(にすい+「咸」)少すること殆んど常例となり到底競爭の見込なきより米國の某州などにては有力なる汽車鐵道會社が相同盟して州の政府に迫り電車鐵道の敷設をば今日の如くに自由ならしめざるの法律を作らしめんとて專ら運動中なりと聞けり左れば所謂地方運搬の具としては馬車も汽車も到底電車に及ばざること更に疑ある可らず唯此上に殘れる問題は遠距離の運搬に汽車と電車と競爭して孰れか果して勝を制す可きやの一事なり汽車鐵道家の云ふ所を聞けば電車は元と少量の乘客貨物を小仕掛に輸送する道具にこそあれば遠距離多量の運搬に至ては固より汽車と競爭し得べきものに非ずとて強ひて自から安心するもの多しと雖も凡そ此世の中に電氣學の發明工夫ほど人の意表に出るものなく昨日までは如何なる事情の下にも斷じて行ひ得べからずと信じられたる事■(てへん+「丙」)も今日は颯颯と之を實施して怪む者なきが如きは毎度の出來事なれば其遠距離の運搬に適せずとの説も甚だ當にならぬ話にして我輩は决して之に服すること能はず其證據には合衆國の大鐵道ボルチモール エンド オハヨ會社にてはボルチモール市の地下線凡そ三哩の間に電車を使用せんとて數月前より凖備中なりしが愈愈去る六月下旬に至て極めて強大なる三個の電氣機關車(一輛の重さ九十六〓)出來上りたれば早速これを實地に試驗せし處其〓〓思ひしよりも良好にして一輛の電氣機關車は千二百噸の貨物列車を容易く引動かして地下線を通過したり然るに八十噸の蒸氣機關車は同じ列車をば單に動すことも出來ざりしと云ふ該試驗の報告一たび世上に傳播するや電氣機關車の賛成者頓に増加して緒鐵道會社に於て之を試んとするもの陸續現はれ出でたる其結果として此度有名なるボールドウヰン機關車製造所(世界第一の稱ある會社)は目下電氣器械の製造者として米國に一二を爭ふウエスチングハウス會社と結合し兩者相助けて今後盛に電氣機關車を製造し以て緒鐵道會社の注文に應ずるの凖備整ひたりと云ふ右二會社の結合は近頃容易ならざる大事件にして今後米國の鐵道組織に一大革命を起すべき徴候なりとて同國實業社會の評判頗る喧しきより尚ほ西洋諸國に於ける電氣事業の發達に就ては我輩は斷へず新鮮の報道を怠らざる可しと雖も兎に角に合衆國の現况にして前記の如き有樣なる以上は我國の鐵道業に關係する者の如きは最も注意して電車問題の成行を研究し苟も實際に利益ある發明工夫は一刻も速に之を採用して自家に利するの覺悟なかる可らずと我輩の切に勸告する所なり