「世界主義と國粹主義」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「世界主義と國粹主義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

世界主義と國粹主義

世間一種の論者は西洋文明の敎育主義を目するに世界主義の名を以てして若しも其主義を

以て國民を敎育するときは國風一變人々自他の差別を忘却して國の獨立自衛も覺束なきに

至る可しとて熱心反對するものも少なからず取るに足らざる僻説なれども斯道の爲めに聊

か辯せざるを得ず抑も立國の目的は獨立自衛に外ならず論者の言を待たざる所にして苟も

此目的に反するの主義は斷然排斥す可しと雖も文明の敎育主義は何故に立國の目的に反す

るや我輩の敢て聞んと欲する所なり所謂世界主義とは其意味明白ならざれども彼の國風の

粹華を説て獨り自から喜ぶ所謂國粹主義なるものと相對して云々するを見れば文明諸國に

行はるゝ自由、平等、博愛等の主義を指して世界主義と認めたるものなる可し自由、平等、

博愛の主義は果して立國の目的と兩立せざるものなるや如何國の獨立自衛は論者に於ても

固より異議なき所なれども實際に其目的を達するに國粹主義に非ざれば不可なりと云ふ其

國粹主義とは只管古風を株守して毫も變通を許さゞるものなり今日の世界古風一編に依頼

して國の獨立は寧ろ覺束なしと云はざるを得ず試に有形の物に就て見るに古代に珍重した

る草根木皮は今日の醫界に全く擯斥せられて半錢の價もなく唯一の武器なりし弓矢刀槍は

今の軍艦銃砲に比すれば只是れ小兒の玩具に過ぎざるのみ文明流の醫藥なり軍艦銃砲なり

何れも西洋の發明に成りたるものなれども之を採用するときは病を治し敵を防ぐの効能は

實際に疑ふ可らず若しも是種の醫藥兵器は西洋流なりが故に西洋國に用ふれば効あれども

日本に於ては無効有害なりと云はゞ誰れか其無稽に驚かざるものあらんや無形の敎育主義

も其理を同うして文明國に行はれて成蹟の著るしきものならば日本に行ふて特に弊害を見

るの理由はある可らず論者果して説ありや否や抑も國粹主義と世界主義とは佛家の語にて

云へば差別と平等との意味にして差別とは自他の間に經界を設けて區別を嚴にし平等とは

一切の人類を同一視するものなり即ち論者の如きは立國の必要は國民をして差別の思想を

發達せしむるに在りと云ふものならん列國競爭の世の中に全く差別を止むること能はざる

は勿論なれども實際に差別の思想を盛ならしめたる處にて國の獨立自衛の爲めに毫も益す

る所なきは別に我輩の論説を費さずして眼前に明白の事實あり論者の爲めに之を示さんに

彼の支那人は古來華夷内外の別を重んじ他の外國をば一切野蠻戎狄の國として之を輕蔑し

獨り自から中華中國の尊大を誇るの風にして其國風は今日に至りても毫も改めず世界の國

民多しと雖も支那人の如く差別の思想に富むものはなかる可し此一點よりすれば彼等〓〓

も〓〓〓〓して獨立自衛に勉む可き筈なれども〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓の〓〓に乏しく平生

輕蔑する斯の野蠻戎狄より辱かしめられながら恰も之に甘んじて慚色だになしとは驚き入

たる次第ならずや之に反して北米合衆國の如き國民の祖先は歐洲の諸國より移住したるの

みならず現に他國の移住人も多く恰も寄合の姿なれば其考も甚だ淡泊にして他國人を視る

こと自國人に異ならず自他の間に毫も差別を置かずして平等思想の發達著るしきは世界に

其比を見ざる所なり然れども國の獨立の爲めとあれば苟も屈することを爲さず獨立の戰爭

は明に其事實を證す可のきみならず現に今日に於ても軍備の薄弱なるにも拘はらず敢て他

國の辱を受けざるは愛國の精神凛然犯す可らざるものあればなり平等の思想は愛國の精神

と並び行はれて毫も相戻らざるの實を見る可し誰れか世界主義は立國の目的に害ありと云

ふ獨立自衛の眞味は自尊自大の空想を脱したる國民にして始めて共に語る可きのみ苟も國

の獨立自衛を欲せばますます西洋文明の主義を輸入して有形無形ともに其扶植發達を謀る

可し古風一偏の國粹主義に依頼して今の世界に立國の目的を達せんとするが如きは草根木

皮に由て病を治し弓矢刀槍を以て敵を防ぐと一般の愚を免れざるものなり