「會堂建築の必要」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「會堂建築の必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

會堂建築の必要

文明諸國の都府を見るに公園會堂又は書籍館、博物館の如き公共の設置甚だ少なからず何

れも公衆の便利快樂に供して文明社會に欠く可らざるものなり我東京府下に於て公園は上

野、芝の如き稍や見るに足る可きものあり又書籍博物館の如きは規模の極めて小なるにも

拘はらず兎に角に形を存すれども獨り廣大なる會堂の設なきは首府の欠點と云はざるを得

ず文明人事の繁多なるに隨ひ時々多人數の集會を催すは自然の必要にして現に今日の實際

に必要の塲合少からず例へば外國貴賓の來遊に際して饗宴を開き又國家の光榮を祝する集

會などの如き會堂の設なきが爲に不便を感じたるは毎度の事にして最も著しきは明治廿二

年の二月、憲法發布式の時、東京市民は市の榮譽の爲めに天皇皇后兩陛下の御臨幸を仰ぎ

奉りたれども別に趣向とてもなく只市中御巡覽の上、上野の假行在所にて僅に一時の御小

休を願ひたるに過ぎざりし如き畢竟大會堂の設なきが爲めにして吾々の今に遺憾に堪へざ

る所なり左れば現に府下にて大集會の塲合には公私の催に拘はらず公園地内の野天にて會

するか然らざれば宿屋料理店を借受るの例にして現に天長節の夜會の如きも帝國ホテルな

どにて催ほすの常なれども府下の宿屋料理店に廣大なる建築は甚だ少れにして一室の中に

數百人を會す可きものは絶えて見る可らず今後内外交際の頻繁なるに隨ひ時々大集會の行

はるゝは勿論、何かの折に陛下の臨御を辱うするの塲合などには差當り困却の次第なれば

東京市内に一大會堂の設置是非とも必要なりと云ふ可し我輩の所見を以てすれば其設置の

費用は市民一般にて負擔し市の中央を卜して數千人を容るに足る可き建築を起し以て公衆

の便に供し平日不用の時には書畫美術品等の展覽會又は一私人の集會などに貸與するも自

から便宜の法なる可し建築の爲には幾十萬の金を要し隨て維持の費用も少なからざること

なれども市の共有物として市民一般にて負擔すれば物の數にも非ず或は東京には現に市區

改正の事あり水道敷設の事あり其事業さへ未だ緒に就かざるに公衆の便利快樂に供する會

堂の建築、目下の必要に非ずなど云はんかなれども若しも必要云々の點よりするときは彼

の公園の如きも亦不必要にして之を止むるも差支なきが如くなれども實際に之を止めたら

ば一般の不便不愉快は一方ならずして市民の堪へ難き所なり即ち其必要は市區改正水道敷

設に比して毫も異なる所を見ず會堂の如き實際に其設なきが故に一般の感情も公園の如く

切ならざるが如しと雖も現に差支の少なからざるは前記の如くにして差當りの必要と云は

ざるを得ず或は外國人などの見る所にて東京市民は如何なる儀式集會も料理屋の樓上又は

公園の野天にて行ふの常なりなど評せらるゝこともあらんには文明都府の恥辱にこそあれ

ば會堂の建築は市區改正水道敷設の事業と同一の必要として速に着手せんこと我輩の希望

する所なり