「臺灣總督の權限」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「臺灣總督の權限」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣總督の權限

草賊の剿滅、嶋民の鎭壓は一時の處置にして更に善後の策を如何す可きやと云ふに前にも

述べたる如く臺灣は未開の蠻地と認む可きものにして百般の施設内地と同樣に視る能はざ

るは勿論、今日に於ては本國と直接の電信もなく又定期の航海も開けずして絶海孤嶋の有

樣なれば大抵の事は其地の當局者に一任し充分の權限を與へて敏活に處置せしめざる可ら

ず其權限の重なるものを云へば警備の軍隊も動かさゞる可らず租税の賦課法も定めざる可

らず開港塲も現存して居留の外國人も少なからざることなれば自から外交の職權もなかる

可らず蠻民制御の爲めには生殺與奪の權も與へざる可らず何れも國家の大權にして苟も人

に假す可らざるものなれども嶋地の施設上には其權限を委任すること是非とも必要なり或

は内地の施政ならんには夫れ夫れの當局者を存して重大の事は正當の手續を經、又議會の

議决を待て行ふも差支なし自から秩序の整然たるを見る可しと雖も嶋地の施設は百事匇々

のみか對手は未開の蠻民にして軍政に民政を兼ね征服と鎭撫と並び行ふものなれば事の實

際には一々法律規則の手續に由るを得ず而して其局に當るものは一人總督にして其責任甚

だ大なることなれば人選を重んずると共に充分の權限を委任して内より掣肘することなく

自由に運動せしめざる可らず假りに奇言を以て形容すれば臺灣すれば臺灣は專制の獨立國

にして總督は即ち其國王なり軍備租税其他の事に至るまでも一切一人の權力に屬して毫も

干渉を受ることなく其人にして萬一にも異志を存するときは眞實本國を離れて獨立し得る

樣の次第にして始めて全嶋制御の目的を達す可きものなり目下の有樣を見れば割讓匇々萬

事不整頓とは云ひながら總督の權限の如き頗る不明了にして實際に何事を爲し得るか又爲

し得ざるか之を確むること困難なり局外より見ても尚ほ且つ然ることなれば實際の局に當

るものに於ては定めて迷惑も少なからざることなる可し彼の臺灣事務局の如き或は嶋治の

方針を議定して總督府に命令指揮するの目的ならんかなれども其委員は何れも本職の傍に

片手間仕事の姿のみならず速斷敢行を要する嶋地の施設に多數の委員が相會して事を議し

遙に之を傳達するなどとは如何にも迂濶の沙汰にして實際に於ては單に嶋治の敏活を妨ぐ

るの結果を見るに過ぎざる可し我輩の感服せざる所なり聞く所に據れば政府にても臺灣施

政の組織に就ては目下調査中にて何れ成案を發表す可しと云ふ如何なる案を見るや知る可

らずと雖も總督の權限を大にし一切の事を委任して運動を自由ならしむるは是非とも必要

にして若しも一々内より掣肘するが如きこともあらんには如何なる人に任ずるも實際の效

果は到底望む可らざる所なれば既に其局に當らしむる上は大に權限を與へて其成蹟を責む

るの仕組と爲さゞる可らず或は嶋地の事も漸く緒に就き又直接の電線も通じ航海も頻繁に

して交通の便を見るに至るときは亦自から其時の事情に應じて相當の計畫もある可しと雖

も今日の塲合に於ては總督に自治の權力を與へて百事敏活に處置せしめんこと嶋民の制御、

嶋地の發達の爲めに必要の手段なる可しとして我輩の敢て主張する所なり