「議會に望む」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「議會に望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

議會に望む

今回朝鮮政府の顛覆は未だ詳報に接せされども國王を中心として政府に反對の一派が露國

の力を後援とし客年十月の變革に對して報復を謀り目的を達したるものゝ如し素より國内

の事變にして外交上に關係なきは勿論なれども扨その影響を如何と云ふに金宏集等の内閣

は改進々歩の方針を執り百事日本を標準として改革を行ひ又實際に於ても我國に依賴する

の傾ありしに今度の新政府は金宏集等を逆賊と認め之を殺戮したる程の次第にして純然反

對の主義に疑なければ彼の閔族の政府が專ら支那に依賴して日本を疎外したる當時の有樣

に等しく若しも新政府の組織にして永續する曉には今後朝鮮に於ける日本の勢力は自から

從前の觀を異にするに至る可し政變の結果として必然の成行と云ざるを得ず或は國會議員

抔の中には今度の始末に付き政府に質問を試み事宜に據りては當局者の外交略を攻撃す可

しとの説もありたるよしにて夫れかわらぬか昨日停會を命ぜられたり今度の變にして果し

て我外交家の失策より生じたるものならんには攻撃も勝手なれども其事たる單に隣國の内

變に止まるのみにして然かも事實の明瞭ならざるに騒々しく騒ぎ立てゝ政府攻撃とは我輩

の感服せざる所なり抑も朝鮮に於ける勢力の消長は詰り世界に對する我國力の如何に由る

ものにして達眼以て之を視るときは遼東還付の始末と同樣、事情如何ともす可らざるもの

あり議員の人々にして果して此に見る所あらば眼前の成行は兎も角もとして大に勉むる所

なかる可らず我輩が頃日來屡ば海軍擴張の必要を論じたるは即ち之が爲めにして今回の如

き小規模にて充分の安心を得る能はざるは一般の情なるに議會は小規模の原案を其儘に通

過しながら急躁しく單に外交の失策を云々するとは何事ぞや我輩の甚だ解せざる所なり或

は目下の機會に擴張の大决斷は他に對して憚る所ありとの説もあらんかなれども抑も其擴

張は日清の戰爭に引續き彼の三國干渉事件に付き特に一國自衛の必要を感じたるものにし

て其目的は明々白々毫も憚る所はある可らず今回の事變の如きは單に朝鮮國内の變動に過

ぎざれども今後更に一層重大の出來事を見ることもあらば如何す可きや幸に議會の開會中、

餘計の空論は止めにして大に擴張の計畫を决して獨立自衛の實を謀らんこと我輩の希望に

堪へざる所なり