「斷髪令を發すべし」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「斷髪令を發すべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

斷髪令を發すべし

臺灣の處分に就て阿片を嚴禁す可しとの旨は屡々述べたる所なれば是れは無論の事として

我輩は之に次で斷髪令の施行を主張するものなり或は嶋民の辨髪を其儘に爲し置きたりと

て何程の事あるべき彼等の頭髪が長きも短きも實際に差支はあるべからずとの説もあらん

かなれども决して然らず頭髪の長短は以て民心の向背を卜すべきものなり抑も彼の辨髪は

嶋民固有の習慣に非ず彼等が北狄蠻夷と侮りたる其夷狄國即ち今の清國に征服せられたる

當時力に於ては負けたれども心には尚ほ夷狄視して歸服せざるより刑罰的に餘儀なくせら

れて風俗を變へたるものなるに然るに今は其夷狄の風に化して却て之を慕ふに至りしは其

初め愛親覺羅氏が斷然たる處分の結果に外ならず一時の嚴制は永久心服の端を開くものと

知る可し他國の人民を征服して新政の下の歸せしむるが如き急激の變化に際しては非常の

手段にあらざれば人民の不平心を除き去ること能はざるの事例は世界の歴史に珍しからざ

るのみか國内に於ても人民の固陋心を破りて開明に導かんとするには多少の不平を免かれ

ざること近くの我邦の事實に徴するも明白なり現に王政維新の際にも德川幕府の舊臣等は

干戈を以て抵抗を試み力盡きて始めて屈服したる程の次第なれば况して無智頑冥なる嶋民

等が平生より卑下したる倭奴の日本人に最初より心服するが如きは到底望むべからざる所

なれば斷然斷髪令を發して嶋民の向背を定むべきものなり本來を云へば臺灣が既に日本領

に歸したる以上は自から髪を斷ち服を改めて日本の風に從ふこそ至當なるに徒に舊習に

戀々として俗を改むるに吝なるは新政府に對して禮を欠くものなり婦人が人に再嫁しなが

ら尚ほ舊夫の美に誇るが如きは男子に接するの道を知らざるものにして我輩の斷じて許

さゞる所なり或は斯る嚴令を下すときは人心離反して施政上に差支を來す可しとの懸念も

あらんかなれども眞實心の底より服從せざる嶋民を其儘に放任して以て南海の鎖鑰を守ら

んとするは恰も爆裂彈を懷にして火に向ふが如し甚だ危險の至りなれば速に嚴令を布て其

向背を一定せしめざる可らず案ずるより産むが易しとの諺に漏れず一時の嚴令は却て後來

心服の基を成すや疑ふ可らず故に我輩は斷髪令の發表に更に一歩を進めて嶋民の最も重ん

ずる葬禮の棺制をも一定せしめんと欲するものなり