「臺灣に公娼の營業を許す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「臺灣に公娼の營業を許す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

臺灣に公娼の營業を許す可し

世人の一般に有害視する阿片の毒烟を公然官許して喫用せしむる程の寛大なる政府が今以

て臺灣に公娼許可の沙汰あるを聞かざるは我輩の竊に怪む所なり抑も新植民地に公娼許可

の必要なるは申す迄もなく殊に戰後の恐慌猶ほ未だ已まざる臺灣の如きは一日も早く此種

の營業を許可して民心を和ぐると同時に取締を嚴重にせざる可からざるその次第を語らん

に嶋地に於ては到る處、密賣婬の風盛にして爲に惡疾の傳染は其害毒の甚だしきこと阿片

の喫烟より恐る可きものあり阿片烟を喫するには價の廉ならざる烟管、手ランプ、鐵箸等

種々の道具を取揃へて火に翳しては焙り又焙りては指の先にて丸めるなど多くの時間を要

するのみならず其香氣四隣に隱れなければ當局者にして眞面目に之を嚴禁せんとの覺悟あ

らんには各戸に就てドシドシ其器械を取上げ隨て製すれば隨て取上ぐる面倒さへ厭はざれ

ば幾重にも取締を嚴にするの方便あれども密賣婬の一事に至りては容易に發見し得ざるの

みならず臺灣嶋民は支那人の癖として口に道德を唱ながら内實は無恥貪慾にして節操なく

腐敗混亂、律す可からざる其醜態は只驚くの外なく少しく都會めきたる塲所は總て醜業婦

の巣穴ならざるはなく甚だしきは夫妻心を合せて醜業を營むものさへある他の一方には

遙々嶋地に渡來して無聊無事に苦む内地の渡航者が徒然の餘り知らず識らずの間に彼等の

誘ふ所と爲りて思ひも寄らぬ惡疾に感染しながら人々自から深く秘し置くより毒流次第に

蔓延して患者の數、日に多きを加ふれども之を取締るの方便なき上に醫藥とても充分なら

ざれば療養意の如くならずして遂に不具痼疾の廢人と爲るもの尠なからざるよし斯る弊害

は内地に於ても往々有がちの事にして本人の不心得より生ずる因果なれば銘々の自業自得

として其儘に棄て置くも差支なきに似たれども在臺灣の内地人は概ね軍人軍夫若しくは官

吏職工等にして内地より態々出張せしめたる其費用は一方ならざる其上に病氣とあれば官

費を以て又々内地に送り返さゞ可からざるなど個人にして個人にあらざる貴重の身なれば

内地の放蕩家が自から病に嬰りて自から苦しむものと同一視す可からず内地よりの渡航者

にして斯る次第よりして身の健康を害するが如きあらば國家の經濟に關するのみならず一

朝事あるの日に當り相當の人數は揃へながら兵力の不足を感ずるが如き奇談も圖る可らず

由々しき大事にして此邊の事までの想像して精算したらんには差當り直接に受くるの害は

阿片よりも更に甚だしきものある可し左れば此恐る可き害毒を避けんとするには嶋民と内

地の密航者とを問はず醜業を營むものは悉く公娼として一定の規則を設け惡疾の傳播せざ

る樣嚴重に取締を爲すの一法あるのみ或は内地より醜業婦の渡航を公然許可して幾分の保

護を與へ寧ろ渡航者の多からんことを奬勵するも亦一の方便なる可し斯の如くにして彼地

の到る處に此種の營業を視るに至らんか數年ならずして土地の繁昌舊に倍し人氣も一層和

ぎて嶋民も大に安堵することならん雙方のために寧ろ喜ぶ可き事なり世間には廢娼の説な

ど主張するものさへありて内地より醜業婦を渡航せしむるは國の體面を損するものなれば

嚴重に取締る可しとの論もあるよしなれども此等は畢竟世事を解せざる書生論として暫く

擱き既に内地に於ては公然許可の營業を獨り臺灣に限りて許さゞる當局者の意見は果して

那邊に在るや解す可らず我輩は内地より出稼人を移住せしむるにも又彼の嶋民輩の心を和

ぐるにも公娼の營業を許可するこそ目下の急務なる可しと信ずるものなり若しも當局者に

して禁ぜざる可からざる阿片の喫烟を禁ぜず、許さゞる可からざる公娼の營業を許さずし

て當らず觸らずに無爲の治を夢みんとするが如き姑息手段に溺るゝあらば創業の施政は如

何あらんかと窃に掛念に堪へざるなり