「朝鮮駐在の守備隊」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「朝鮮駐在の守備隊」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

朝鮮駐在の守備隊

日清戰爭以來我國が朝鮮の地に特に守備隊を置きたるは如何なる理由なりやと云ふに彼の

政府が國事の改革を斷行せんとするに自から兵力の後楯なきを得ず然るに自國の兵隊は實

際に用を爲さゞるのみか本來その改革は日本の勸告に出でたるものなれば兵力も寧ろ日本

に依賴す可しとの餘儀なき請求に由り特に守備隊を駐在せしめたる次第なれども爾來事の

成行を見れば改革ものかく果敢果敢しからざる中に遂に昨年十一月の如き不始末を演じて

國王は他國の公使館に往きたるまゝ今に歸らず一般に擧て日本人を疎外し或は政府の官吏

中には國王の宮に歸らざるは日本兵の亂暴を恐るゝが爲めなりなど言を爲すものもあるよ

し朝鮮人が反覆常なく恩知らずの擧動は毎度の事にして今更ら怪しむに足らざれども事態

斯くの如き以上は最早や好意を以て我兵を置くの必要はある可らず或は日清の開戰は支那

人が朝鮮を蹂躙せんとしたるが爲めにして今後とても其掛念なきに非ざれば自から之に備

ふるの必要ありと云はんかなれども支那は連戰連敗、國力の疲弊を告げて其回復さへ容易

ならざる塲合なれば到底隣國に手を出すの餘力はある可らず支那に備るとは無益の心配と

云はざるを得ず或は單に支那のみならず今の世界には朝鮮の有樣に着目して動もすれば機

會に乘ぜんとするの野心國なきに非ず决して油斷す可らずとの説もあれども若も他の強國

が志を决して事端を開かんとするの日には僅々の守備隊何の用に立つ可きや之を賴んで他

を抑へんとするが如き迂濶の極と云はざるを得ず或は又守備隊は其名の如く公使館及び居

留人民守備の爲めなり朝鮮に於て不慮の騒動は毎度の沙汰にして爲めに損害を受けたるこ

とも少なからざれば豫め之に備ふるの必要ありと云はんか成程以前に於ては居留人の數も

少なくして暴徒等の爲めに損害を蒙りたることもありしかども今は其人數も次第に增して

屈強の男子のみにても千人を得るは難からずと云へば其自衛に一任して危險の患はある可

らず我輩の保證する所なり或は昨年來日本人が彼地に於て暴徒に殺されたるの例あれども

是れは内地旅行中の出来事にして不慮の災難のみ居留地に在る守備隊の力に及ばざること

なれば實際に如何ともす可らず單に居留地の守備とならば决して其必要を見ざるなり斯く

計へ來るときは我守備隊は如何の必要の爲めか其理由を發見する能はず若しも斯く斯くの

必要ありとならば我輩は敢て理由を聞かんとするものなれども實際その理由なきに於ては

速に撤回すること得策なるべし駐在の爲めの費用は全く無益にして目下國内に兵備擴張の

折抦、假令ひ少數の兵なりとて漫に無用の地に置く可きに非ざればなり扨我守備隊を引揚

げたる處にて彼國の有樣は如何なる可きやと云ふに彼の地方の暴徒等が到る處、猖獗の勢

を逞ふして京城附近まで押寄せながら容易に城内に入らざるは只日本兵を恐るゝが爲めの

みならず又城内にも現政府に不平の輩ありて何かの機會を待て發せんとするもの少なから

ざることなれば我兵撤回の曉には國内の大騒亂は勿論、或は簫牆の内に非常の變を見るこ

ともある可し朝鮮國の爲めには不幸この上なけれども是れは自から他國の事、然かも自か

ら招くの災にして日本人の知る所に非ず我國人の見る所は自國の利益のみなれば他國の治

亂如何には毫も頓着するを用ひず只その國亂甚だしきを極め我居留民の安全に關係するに

至らば其時に際し急に出兵して自から備ふ可し甚だ容易にして掛念に及ばざることなり今

日の塲合に至り無用の地に我兵を勞せしむるが如き眞實無益の談なれば朝鮮の守備隊は速

に撤回して然る可きものなり