「所得税金額の達に付き」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「所得税金額の達に付き」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

所得税金額の達に付き

所得税法施行細則第十五條に據れば所得税の等級金額は毎年八月十日までに納税者に達す可き筈にして當局者の苟も等閑にす可らざる所なるに今や我東京市に於ては納税者にして未だ其達を受けざるもの多し或は多數の納税者中一二の脱漏ならば何かの手落か又は特別の事情あることゝ推測し得べきも現に八月十日の期限を過ぎながら市民中何等の達をも受けざるもの少なからずとありては之を目して怠慢と認めざるを得ず若しも當局者が期日に遅れ八月末に到りて等級金額を達し納税者に於て其金額を不當とすることあらんか所得税法第十九條に據りて其達を受けたる日より二十日以内に所得金明細書及び其證憑を添へ府知事に申出で府知事は該法第二十條に隨て常置委員會に付して調査せしめ其決議に據りて之を處分することならん然るに實際に納税期は九月一日に始まりて三十日に終るものなれば其間の時日甚だ切迫して些かの餘裕なしと云ふべし或は税法第二十條の但書に其處分納税後に渉るときは税額の不足あるものは之を追徴し過剰あるものは之を還付す可しとあるに依り大なる不都合なかる可しと云はんかなれども現行法に於て八月十日までに等級金額を達するの規定は八月十日以後と九月一日以前との間に凡そ二十日間の餘裕を置き納税者に服否を決せしむるの猶豫を與へたることならん實は通達の期日と納税の期日との間に一箇月内外の猶豫あるも尚ほ充分とは見る可らざるに今や八月十日の期限を過る既に十數日なるにも拘はらず等級金額も達せずして自然に二十日間の申出期限を失せしめ不服ながら納税せしむるが如き緩慢なる處置は其筋に何等の事情あるも文明の今日〓して許す可らざる所なり我輩の推測を以てすれば斯る緩慢の處置は畢竟所得金高の調査苛細に過ぎて入らざる穿鑿に時日を消するが爲めに外ならざる可し若しも果して然らんには寧ろ収税の目的を誤るものと云はざるを得ず調査いよいよ密なるときは數字の上にては金額の大なるを見ることもあらんなれども之が爲めに入らざる穿鑿に追はれて法文に規定したる通達の期日を失し從て逋税者を生じて収税上の混雑を招く其結果は實際に収入を減ずることなかる可きや窃に政府の爲めに危まざるを得ず且つ又通達の遅滯今日の如くなるときは納税者が施行細則第十五條を楯に取りて違法の達は請取り難しなど主張することもあらば如何に之を處分せんとするか餘所ながら掛念に堪へず當局者の注意を希望する所なり