「豫算増額の説に付き」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「豫算増額の説に付き」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

豫算増額の説に付き

聞く所に據れば一昨日の内閣會議に第一の問題は豫算の事にして歳入増加の額に就て閣員中自から所見を異にし决議に至らずして會を終りたる其所見の相違は凡そ三四千萬圓の間なりしと云ふ抑も戰後の人心自から國力の膨張を感じて諸般の經營に大に金を投ずるの勇氣を生じたるは單に政府の施設のみならず實業界の如き新事業の發起と云ひ諸會社の増株と云ひ景氣の一方ならざるは勿論、一私人の銘銘にも自から家事の多端を告げて生活の費用を増し或は僕婢の輩までも夫れ相應に錢を費すこと少なからず實際の事實にして自から戰勝の結果として見る可きものなり左れば政府の局に當り所謂戰後の經營として諸般の計畫に心を配るときは是れも緊急なり彼れも必要なりとて新に着手す可きもの甚だ多からざるを得ず目下の時勢に政費の増加は自から止む可らざるが如しと雖も凡そ金を散ずるの要は其成績如何に在り單に緊急必要を云云して莫大の金を費しながら實際に何等の結果をも見ざるが如きは所謂濫費の弊にして國力の如何に拘はらず斷じて許す可らざるものなり故に我輩は必ずしも歳入増加の説に賛成するものに非ず否な一時の勇氣に任せて大に金を散じ後日に至て濫費を悔ゆるが如きは决して望まざる所なれども只爰に何は差置き國力の許す限りを盡して是非とも實行を期せざる可らざるものは海軍擴張の一事なり世間の説に據れば當局者の中には軍備收縮の意見もありしと云へども一昨日の會議は單に豫算増額の程度論にして曾て■(にすい+「咸」)少の説を見ざりしが如くなれば收縮云云は全く無根の風説なりしか或は斯る意見もなきに非ざりしかども自から見合せたるものならん軍備の中には自から海陸の別あれども他は兎も角も海軍に至りては立國自衛の爲めに唯一の必要として如何なる事情あるも斷じて擴張せざる可らず詳論は姑く後に讓り我輩に於ては他の政費の如き時宜に由りては如何に縮少するも敢て異議を云はざれども苟も海軍擴張の爲めとならば國力に許す限り多多ますます歳入増加の説に賛成して毫も躊躇せざるものなり