「樂天主義」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「樂天主義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

樂天主義

年改まれば新年御目出度う御奉るとて人々相對するのみ專ら〓〓〓〓〓伺を見るに亦眞實難しきが如くなれど〓冷眼以て〓察し來れば新年とて別に目出度き事もなし天地の〓巖は大晦日も一月元旦も同樣にして太陽は矢張り東より出でて西に入り山河草木も依然として實に〓ならず〓事も亦眞實に於て著るしき變化なく只一般の〓〓が一〓と爲〓〓士族老人が八十一年〓〓〓〓る〓〓〓で國土の〓〓〓〓〓〓たるのみ歟〓〓〓〓〓〓〓〓〓なれども〓〓〓〓〓すれば〓〓〓〓〓〓意味なき〓もあらず人生行路〓し種々の危險は常に〓身邊を取卷くにも拘はらず無事に三百六十五日を經過して新年に入り老少共に事に躓くこともなく正に一行程を了りて前途の好〓を示し地球は疲れもせず常の如く廻轉して此に一段落を告げ太陽も相變らず光と熱との惠を絶ずして草木も生長し一切の人事も年と共に益々進歩の色あるは先づ以て目出度しと云はざる可らず左れば事物は見樣に依て喜ばしくも見え又悲しくも思はるゝものにして世に泣上戸と笑上戸のある所以なれども笑て暮すも一生にして泣て送るも一生なれば寧ろ面白く世を渡るに若かず不幸を賀し災難を喜ぶは固より人情の容ざゞる所なれども不幸の中に居ながらも望を前途に抱て絶望せず災難に遭遇するも回復を後日に期して落膽することなくんば勇氣も自から生じて苦痛も爲めに幾分か輕きを覺ゆ可し例へば貧窮に陷るも貧乏は燒付に非ず富は世界の廻り持にして富者必ずしも終身の富者に非ず貧者も亦生涯貧者と限れるに非ず我とても何時か一度は富むこともある可しとて後日の幸運を想像すれば貧苦も左まで苦しからず氣力も自から壯にして能く困難に堪へ遂には其想像を實にすることもある可しと雖も人生を悲觀するものは一たび困厄に陷れば則ち絶望して元氣沮喪し徒に世を歎ち人を怨みて遂に自暴自棄と爲り甚だしきは身を淵河に投ずるに至る彼の屈原の如き廉直潔白の士たるに相違なしと雖も小人の爲めに苦められたりとて忽ち世を墓なみ汨羅に身沒したるは恰も裏店の老爺が嫁の仕打が面白からずとて首を縊るが如し畢竟するに物の善方面を見ずして苦痛の壓力に堪へざるが故なり古の勇士は困難に遭ふも失望せず天、大に我を用ひんが爲め先づ苦めて以て我腕を試すなりとて益々勇を鼓して進むが故に遂に偉功を發せしなり一世の人みな此心得を以て事に從ひ行末を樂で日を送らば心中自ら愉快にして世の中も何となく春色を催ほし讒言もなく苦情もなく閒違も隨て少なかる可し啻に一身一家の事のみならず社會公共の事に就ても亦然らざるを得ず政治經濟の部面を見れば不如意の事少なからず時としては意外の變を生じて憂慮せしむることさへなきに非ず此時に當りて只事の惡しき方面のみを觀察すれば四面暗澹として不愉快に堪へず憂愁の底に沈滯して歎息の外なしと雖も其嘆息中にも頭を擡げて前途に光明を求め後日の成功を想像すれば胸中自から爽快にして進取の氣象紛々として生ず可し例へば遼東を失ひ朝鮮に失敗したる當時に於ては一般の人氣增長したりと雖も禍を轉じて善き方面を觀察し此失敗は始めて世界外交の舞臺に上りたる日本人をして外交の困難なるを悟らしめ戰勝の醉を醒まして更に大に冀望せしむるの良策なりと解釋すれば人心益々活動して善後策も速に歩を進む可し悲觀論者は到底多困多難の世に大事を爲すに適せざるものなり特に百般の人事は其局部を見れば時に進退なきに非ずと雖も大勢に於ては只進歩あるのみにして毫も退却の色あることなし責めの進歩は數字の上に明白にして商工業の日々に隆盛を〓〓〓〓社の續々勃興するに際しても知る可し政治の改良は近く言論集會の自由を與へんとする一事にても察する所〓る可く國勢の振興は東洋の小邦を以て歸せられしものが一躍して世界樞軸の列に入りたるに由ても卜す可し如何なる〓〓者〓も是等の事實に就ては復た爭ふこと能はざれども獨り道德の事に至ては尚ほ往々にして退歩を説き漫に古を稱して今を非とし世は〓〓に爲れりなどとて只管歎息するものあるが如し是れ亦大なる心得違と云はざる可らず古の役人は賄賂に衣食すること恰も今の支那朝鮮の如くなりしに我今日の官吏に苞苴を貪るものは千百人中一人もある可らず古は貧民を救ひ窮民を賑はすの法なかりしに今は則ち慈善會あり貧院あり貧窮の民、爲めに活くるもの少なからず不時の天災には則ち爭ふて義金を投じ災民をして飢餓を免れしむるのみならず異人種の不幸を聞くも聞流しにせざるは慈善の發達と認めざるを得ず又古の戰爭は殺伐殘忍を極めたれども今の戰爭に於ては捕虜と雖も相當に待遇して刑罰を加へず負傷兵は敵と味方とを問はず懇切に救護して事終るの後、放還するは武士道の進歩と稱して可なり忠勇の精神は過般の戰爭に於て武人が死地に入るを歸るが如くなりしに徴して其鬱勃たるを知る可く愛國心の盛なるは田夫野爺に至るまで乏しき生活費を割て軍費に獻納したるに由て古今無比なるを察するに足る可し左れば總ての人事みな好況にして前途の望、春の如くなれば復た泣

言を容さず泣く者は時勢の大體に通ぜざる者なり勿論物事には變遷あり裡面を見れば慈む可きものなきにあらずと雖も今や表面の光明は次第に裡面の暗黑界を蠶食して恰も太陽の東天に昇りて夜陰を破りつゝあるが如し泣て暮すも一生にして笑て暮すも亦一生なれば寧ろ樂天主義を取るに若かず況んや今は泣く可き理由なきに於てをや