「官業の緩慢」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官業の緩慢」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官業の緩慢

政府の事業は往々緩慢に流るゝの常にして彼の電話擴張事業の遲々として進まざるが如き

は著るしき例なり又其擴張に付て新設す可き京橋區八官町の支局の如き疾に建築に着手す

可きものなるに漸く昨今に至て舊家屋を取拂ひたるも亦一例として見る可きものならん盖

し官邊の仕事には夫れ夫れ繁雜なる手續あり且つ掛の役人も所謂奉公人根性にて其日其日

を經てさへすれば役目は濟む可しとて自から氣樂に構へて事の進むと否とに頓着せざるに

因ることならんと雖も文明の世界は甚だ多忙にして四邊を見れば恰も火事塲の如くなるに

政府獨り悠々として俗に云ふ正月の三つもある樣なる考にて事を處するは世人の堪へ難き

所なり特に本年度内に於ては屹度是れほどの仕事を爲し遂ぐ可しと約束しながら其約を果

すこと能はざるが如きは怠慢の明白なるものなり試に數字を以て之を證せんに明治二十九

年度の現計表に據れば鐵道建設費の豫算五百五十五萬四千七百餘圓にして十月末日までに

仕拂命令濟の金額は百三十七萬餘圓なり既成鐵道改良豫算は四百五十萬圓にして同日まで

に費したるは僅に七萬六千九百餘圓のみ又電話擴張費の豫算百六十七萬七千八百圓なるに

内同日までに支出したるものは漸く二十萬九千餘圓に過ぎず更に總體の上より之を見るに

臨時歳出豫算は八千九百餘萬圓にして其内支拂ひたる額は三千餘萬なれば尚ほ殆んど三分

の二を殘すものと云ふ可し十一月より本年三月までには事業も自から進むことならんと雖

も右の如き始末にては豫算の金額を立派に遣ひ果すこと能はざるは世人の推算する所にし

て其筋の意見に據るも三四千萬圓は翌年度に繰越すことゝ爲る可しと云ふ何が故に斯くも

不活溌なるか或は辯解して云く初年度に於ては着手の準備等に手間取るが故に事業も自か

ら遲延を免れざるものなりと果して然らば何が故に斯る無稽の豫算を提出したるや費用請

求の時には何々の事業は急を要するものにして一日も等閑に附す可らず本年度内には必ず

何程の仕事を爲し遂ぐ可しと誓ひながら扨實際に至て仕事は一向に進捗らず授けられたる

金額の半をも殘す樣にては見込違と云ふか腕前なしと云ふか孰にしても非難は免る可らず

數日間雨降れば忽ち不通と爲るが如き鐵道を築き三四寸の雪積れば線切れ柱倒るゝが如き

電話を架するは仕事の粗末なるものにして固より其責を辭す可らざれども仕事の進捗らず

にして一日の事を二日に延ばし一年の業に二年を費すが如きも等しく天下の便利を空うす

るものにして怠慢の譏を免る可らず我輩の敢て注意を促す所なり