「山陽鐵道と阪神間の官線」
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時事新報に掲載された「山陽鐵道と阪神間の官線」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
山陽鐵道と阪神間の官線
山陽鐵道は既に神戸より廣嶋に通じて今後馬關まで達するの計畫なれども本來關西地方に
おける商賣の中心點は大阪にして旅客荷主の便利よりするも又會社の經濟よりするも線路
を同地に直接せしむること必要なれば神阪間現在の官線の外に更らに會社の私線を敷かん
とて目下運動中なりと云ふ其運動者の唱ふる所は神阪間に官の一線のみにては目下繁劇な
る運輸交通の必要に應ずるに足らざれば別に私線の敷設を許可せられたしと云ふに在るよ
りなれども是れは表面の口實に過ぎざる可し神阪間の交通繁劇なりと云ふと雖も既に複線
の計畫もありて殆んど出來したることなれば大に發車の度數を增して晝夜運轉したらば現
在に二倍の働を逞うするは容易にして實際に左までの不便もなかる可し畢竟會社の訴ふる
所は商賣の中心點なる大阪に直達の道を得ずして不都合なる神戸に官私兩線を接續せしめ
萬般の不便利よりして自家の収入上にも不利なりとの一點に外ならざることならん果して
然らば何ぞ線路延長云々など餘計の運動を止めにし公然眞情を吐露して表面より官線買受
の相談に出でざるや我輩の敢て勸告する所なり扨買受の相談と出掛けたる處にて爰に困難
なるは相手なる政府にて説の决し難き一事なり全國の鐵道を一手に買収して國有鐵道の主
義を實行す可きや又は現在の官線を悉く賣却して民業の經營に一任す可きやは目下未决の
問題にして其問題の决せざる間は政府に於ても容易に相談に乘る能はざるの事情もあらん
なれども我輩の所見を以てすれば區々たる神阪間の線路、如何に處分するも問題の决着に
は關係ある可らず之を賣渡したる上にて政府の説がいよいよ國有と决したらば再び買戻し
す可し若しも一切民有と定まりたらば其儘に差置くまでにして何れにしても差支はなきこ
となり抑も山陽鐵道は國中の幹線を占め神戸を起點とし山陽道を縦貫して馬關に達する計
畫にして何れの點より見るも必要の線路なり然るに起工以來殆んど十年漸く廣嶋に達して
三田尻までは目下工事中なれども此先、馬關までの全通は何年の後に見る可きや今の有樣
にては甚だ覺束なきが如し誠に堪へ難き次第なり現に日清戰爭の際には策源地を宇品に定
めて格別の差支を見ざりしと雖も若しも山陽の線路が馬關に達し居たらんには軍機軍略の
上に如何ばかりの便利なりしや知る可らず單に此一點よりするも四邊多事の今日决して等
閑に付す可らざる所なり會社の説を聞けば其遲延には樣々の理由あるが如しと雖も其理由
は表面の辯解に過ぎずして諮る處、馬關までの延長は會計上、割に合はざるが爲めに躊躇
するものに外ならざれば此儘に付するときは延引又延引、到底全通の期はある可らず明白
の次第にして難きを責むるも詮なき事なれば其目的を達せしむるには會社の所望通り神阪
間の官線を引渡して營業の利を収めしむる其代りに埋合せとして〓を〓〓して馬關までの
線路を達成せしむるこそ便宜の〓〓なる可し或は神阪間は官線中にても指を屈す可き利益
の線路なれば之を賣却するときは政府の収入を〓ず可しなど思ふものもあらんなれども本
來政府が自から手を下して鐵道事業を始めたるは一般に模範を示して其事を奬勵するの目
的に外ならず収入如何の如きは素より考へざることなれば今や民間に其事業勃興して官設
のものまでも買入れんとするの氣運に至りしは取りも直さず最初の目的を達したるものと
して寧ろ喜ぶ可き所なり今、利益ある官線を賣却するときは政府の収入には損するが如く
なれども之が爲めに會社に利する其利益は即ち人民一般の利益なる其上に目下の儘にては
到底望なき線路の全通を見るに至る可しと云ふ國家の爲めに祝せざるを得ず公然發表して
差支なき事抦にこそあれば會社に於ては眞情を吐露して表面より買受の相談を始むるは無
論、政府に於ても果して至當の相談を認めたらば一定の期限内に全線全通の約束を固めし
め若しも其約束に背くときは斷然取戻の條件にて其相談に應ず可し我輩の勸告する所なり