「目的と結果の齟齬」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「目的と結果の齟齬」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

目的と結果の齟齬

此程より貴族院の豫算委員會に於て三千萬圓削減の説起り政府に交渉して其説の實行を圖

りたるに政府の應ぜざるが爲め本會議に於て軍備縮小の上奏案を提出せしも是れ亦多數を

制すること能はずして美事廢案に歸したるより軍備縮小論者は世間の手前默して已むこと

能はず終に一昨日の豫算委員會に於て海軍省所管の内巡洋艦二隻の新造費を削除して以て

最初縮小説を主張したる志望の幾分を滿さんと謀り委員會丈けは通過したるよし本來軍備

縮小論者の目的は專ら陸軍に在りて海軍に對しては左迄削減を試みんとするものにあらざ

りしに實際の結果は目的と表裏して陸軍には毫も手を附けざる其反對に海軍の艦船製造費

に於て大に削減する所あらんとは實に意外と云ふ可し察するに陸軍省の豫算に就ては到底

手を觸れ難き事情あるを以て不本意ながらも唯削り易き海軍に向て其餘憤を漏したること

ならん甚だ心得難き次第にして斯る手違ひを生ずるも畢竟議員諸氏が平素豫算に就て深く

研究する所なく漫然縮小を思ひ立ち卒然削減を試みんとするが故にして輕卒の譏は免かる

可らず例へば醫師が病人を碌々診察せずして藥を盛るが如し前には腹部に病ありと見て其

手當を施さんとしながら後俄に病所は肺部に在りと盲斷して處方を變更し又は甲の病者に

施す可き藥を乙の無病者に飮ましむるが如きことあらば啻に醫師たるの本分を誤るのみな

らず受療者の迷惑この上ある可らず我輩は議員諸氏が深く自から省みて輕擧を戒め愼重以

て其本分を盡さん事を希望するものなり