「營業税」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「營業税」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

營業税

營業税に對する世上の苦情は非常にして福井栃木の二縣などにては種々の紛議起りて税務

署と交渉中のみならず其他の諸府縣に於ても苦情百出して爲めに世人をして前途を氣遣は

しむるに至れり思ふに新税を課せんとして世間に多少の反對あるは到底免かるゝ能はざる

所なれども營業税の如く全國到る所に攻撃の聲を聞くは税法に著しき欠點あるが爲に外な

らず元來營業税は戰後の經營に付き歳入の增加を補はんが爲に案出せられたる税法にして

政府は之に由て七百五十萬圓内外の収入を得んとの計畫なる由なれば遽に全廢は事情の許

さゞる所ならんと雖も其弊害果して明白なる以上は大に改正を加へて完全の税法と爲すか

然らざれば他に税源を求めて全廢すること至當の策なる可し抑も租税を課するに當て注意

す可きは徴税の法を簡便にして成る可く徴収の費用を省くと共に納税者に對して負擔を公

平ならしむるに在り課税の原則にして疑ふ可らざる所なり然るに現行の税法に定めたる課

税標準は物品の賣上金額建物の賃貸價格、從業者の數、資本金額、請負金額、報償金額等

にして税率には營業の種類に從て種々の等差を設けたれども此の如き標準を用ひて果して

課税を公平にし其徴収を容易ならしむるを得るや否や甚だ覺束なき所にして即ち世間に苦

情反對の多きも全く課税標準の不完全なるが爲めに外ならず政府にては其實施に付き建物

の賃貸價格を四千七百七十六萬六千餘圓と算して之に千分の四十の税を課するの定めなり

建物の賃貸價格は精密に調査し得べからざるに非ずと雖も全國の營業者は必ずしも借家住

ひに限らず既に借家住ひに限らざる以上は賃貸價格は詰り推測たるを免かる可らず又建物

の大小其賃貸價格の多寡は决して營業の収益と比例を爲すものに非ず營業の状態は各人

銘々殊にして例へば銀行保險業の如きは収益の割合に廣大の建物を要せざるも製造業販賣

業の如きは収益に比して建物の大なるを常とせり税法にては營業者の建物に重を置きたれ

ども建物にして營業の収益を示す標準たらざる以上は課税の公平は保つ可らず次に從業者

の數を以て課税標準となしたるは營業税をしていよいよ不公平ならしむるのみならず徴収

上に非常の手數を要せざるを得ず從業者なるものは隨時隨意に他の業務に轉ずるの自由を

有して其數は常に變動するを免れざれば之を調査するの困難は勿論從來の菓子税法に於て

往々見たるが如く或は營業者の家族なりと僞り或は檢査の際官吏の眼を偸むが如き弊風の

行はるゝや必然の勢なる可し若しも其取締を密にして納税者に非常の迷惑を加ふるを顧み

ず嚴重の檢査を行へば或は正確の數を調査し得べしと雖も我邦舊來の習慣として商家にて

は多數の丁稚小僧を養ひ又製造家に於ても夫れ相應の見習人を置くの風あり然るに税法第

十九條に於ては營業者の家族を除くの外名義の何あるを問はず總て營業に從事する者を從

業者として計算すと規定したれば商業の〓〓製造家の見習人も等しく從業者として課税を

免かれず此の如きは舊來の習慣に反する苛酷の處置にして丁稚徒弟の如きものを尋常一般

の被傭者と同一視して從業者と規定したるは法の欠點と云はざるを得ず又營業者の資本金

を以て課税標準となしたるも决して當を得たるものに非ず政府にては税を課す可き全國の

資本金を六億四千四百四十萬六千餘圓と計算して千分の一半乃至二半を課する目的なれば

資本金よりして最も多額の収入を得る豫定なる可し株式會社並に合資會社の如きは商法に

於て資本金額を會社の登記事項中に加ふるの規定なるを以て其金額を知るは甚だ容易にし

て然かも正確なるを得べしと雖も合名會社に至ては既に然る能はず况んや一箇人の營業に

於ては營業者自身と雖も其資本の幾何なるやを知る能はざる事さへある可し獨り流通資本

の知り難きのみならず固定資本と雖も往々金錢に評價し難き事情もある可し殊に資本の多

寡は决して収益の多寡に比例するものに非ず社會の進歩に連れて資本を運轉するの方法は

日に多きを加へ掛引に巧なる營業者が小額の資本を利用して巨利を得るは自然の勢なるを

以て資本金額に重を置きて課税すれば結局負擔の不公平を來さゞるを得ず即ち西洋諸國に

於ては時勢の進歩に從ひ資本税に代へて資本運轉の結果たる所得に課税する所以なる可し

次に物品の賣上高も營業者に於ては之を知るを得べきも政府の力にては到底詳細を調査す

る能はざるが故に脱税困難は免かる可らず政府は卸賣々上高を五億八千八百十七萬七千圓

小賣々上高を十億千百四十七萬六千餘圓と計算し卸賣には萬分の五、小賣には萬分の十五

を課するの規定を設けたれ共果して斯る巨額の賣上高の屆出ありしや否や甚だ疑はしき所

なり且つ卸賣と小賣とには税率に於て一と三との相違あれども同種の物品の取引にして卸

賣と小賣とを區別するは如何なる標準に依る可きや當局者の意見にては營業者に賣渡すも

のを卸賣とし消費者に賣渡すものを小賣となす由なれども取引の種類に由ては區別に迷ふ

の塲合甚だ多し政府の推測に由て區別を定めらるゝに於ては營業者の迷惑この上なかる可

以上は營業税に對する重なる苦情の點にして其都合かくの如し他に容易に徴収するを得可

き税源もなきに非ざるに之を差置きながら強ひて斯る税法を行ふの理由はある可らず果し

て適當の改正案あらば兎も角も我輩は寧ろ全廢を望むものなれども税法實施の結果も近々

いよいよ明白なる可きを以て更に論ずるの時ある可し