「監獄改良と其費用の國庫支辨」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「監獄改良と其費用の國庫支辨」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

監獄改良と其費用の國庫支辨

治獄の要は巖正なる懲罰を執行すると共に之を感化訓戒して善に遷らしめ以て世に犯罪の

數を減少するに在り然るに目下の有樣を見れば罪囚は次第に增加して止まる所を知らず獄

費も亦隨て嵩むの一方のみ或る地方の如きは治獄の費用は地方税總額の二割以上を占め甚

だしきは三割以上にも達したる所あり特に注目す可きは再犯以上の者甚だ多き一事にして

常に總罪囚の半を占むると云ふ各國に例なき所にして自から種々の事情もある可しと雖も

獄制その宜しきを得ざるは確に最大原因に相違なかる可し即ち世間にも監獄改良の議論あ

る所以なれども未だ其實効を見ざるは要するに獄費の供給意の如く爲らざるが爲めのみ本

來罪人は國家の罪人にして其之を罰するは國法に依り國民全體の治安の爲めにするものな

れば其費用も亦國庫の負擔たらざるを得ず歐洲諸國に於ても從來地方税支辨のもの少なか

らざりしかども次第に國庫の負擔と爲し佛は千八百五十五年及び千八百七十五年の法律に

依り英は千八百六十五年及び千八百七十七年の法律に依りて共に其制度を改め爾來漸く改

良の効を奏せしと云ふ我政府が明治十四年に於て逆に監獄費を地方支辨に移したるは十年

戰亂の後を承けて財政に窮し已むを得ず一時の權宜として行ひたるものにして其後衆議院

に於て之を否决したるは地價修正案等を通過せしめんとの希望ありしが爲めなり共に事の

性質に於て國庫支辨と爲す可らずとの趣意に非ず然らば地價修正の無用を認め且つ行政整

理の必要を感じて世間にも其實行を公言したる今日に於て監獄費國庫支辨を躊躇するの理

由ある可らず之を地方の支辨と爲し置くときは或る地方は割合に重き費用を負擔するに反

して又或る地方は案外に輕き賦課に止まるが如き不公平を免れざるのみか監獄の改良は得

て望む可らず獄舎の構造、各監房の配置等は懲罰感化の効力に影響し衛生上にも大なる關

係あるものにして今日の如く重き罪人も輕き罪人も初犯も再三犯も混同して同一の監房に

雜居せしむるは恰も監獄を以て惡人養成の學校を設るに異ならず一度び入獄せし者が先進

に敎へられて次第に其術を研究し再犯三犯遂に改むること能はざるも偶然に非ざるなり然

るに今府縣會の事情を聞けば監獄費は早晩國庫の支辨に歸す可しと豫想し又只管負擔を輕

くせんとして必要とは知りながら其改築修繕の費用を否决し或は痛く之を削減するの常な

りといふ且つ監獄の作業は懲罰の一條件として賦課するものにして其適否は監獄の經濟、

再犯の防遇等に大關係あるにも拘はらず地方議會は前同様の事情よりして作業基金の支出

を拒むが故に獄吏は作業の適否を擇ぶに遑あらず只管囚徒をして拱手安座せしめざらんこ

とに汲々たるものゝ如し誠に堪へ難き次第なれば速に國庫の支辨として改良の實効を収め

ざる可らず然れども戰後國費多端にして之に充つ可き費用なきを如何せんと云ふものあら

んか財源は酒税に求めて餘裕あり先づ自家用酒の釀造を禁じ其結果として種類の釀造高を

增し因て得る所の酒造税の一部分を以てすれば監獄費の如き唯是れ國家の細費と云ふも可

なり前日も論じたる如く自家用酒を禁じたればとて實際小民の利害には少しも影響せざる

のみならず中以上のものは却て之を喜ぶことならん假令ひ一歩を讓て多少不便を感ずるも

のありとするも自家用酒を造る所は主として奥羽六縣と鹿兒嶋縣にして國家全體の實益の

爲めに一局部些少の利害は顧るに足らず特に一方に於て酒の税を拂ふ代りに他の一方に於

て地方税の負擔を減ぜらるゝをなれば差引して格別の利害なきと共に監獄は爲めに改良の

功を奏して罪人の減少を見るに至る可し社會全體の一大幸福一大利益なれば財源は清酒税

に在りとして監獄費を國庫に移さんこと我輩の呉々も希望する所なり